タイトル『真っ白な雪』
「相変わらず、すっごい量っすねえ。また、増えたんじゃないっすか。」
疑問符が付いていないなら確認じゃないか。というか、何しに来た、この男。この忙しい大晦日に。
「だから何。」
「いやだなあ、そんなに邪険にしなくてもいいじゃないデスカ。」
ぱたんと、いつもの扇子を口元に持って行き目線だけでこちらを窺っている。手伝う気は、ないらしい。
それなら、邪魔なだけなんだがな。
「それなら、手伝え。その気がないなら帰れ。邪魔。あんたの言う通り、今年も量が増えたのでね、本の。」
「この部屋、もう床が抜けるんじゃないっすか。」
それは、私も本気で危惧し始めているのだから他人から言われたくないなあ。
本棚の本を上段から、下に降ろす。降ろした後は、はたきをかけて雑巾で拭く。拭いた後乾くまで本を元に戻せないため、その下の段の本も降ろす。
だんだん、床のスペースが本に埋め尽くされて自分の位置が覚束なくなってくる。
それでも、毎年一回のこの作業は楽しい。本をジャンル別に分けて、そこから作家順に分ける。内容は大体覚えているからジャンル別に分けるのは簡単だ。
私の主観によって分類するから、他の者から見れば微妙な分類もそれはそれでいい。私だけの持ち味の出ている本棚になる。
「相変わらず、楽しそうにしますねえ。一応、コイビトがここにいるのに。」
一応、と強調してくる。
まあ、今のところは、ねえ。でもコイビトって言ったって他人であることに変わりない。
作業の手は止めない。男のほうも見ない。
「コイビトだからって、他人に違いない。一人の個人でしょ、私もあんたも。それ踏み越えて、ずけずけ入ってくるのは
コイビトっていうよりも以前の問題。人間の問題。それでも、それに固執するならそんな人間、私はいらない。」
私は私の領分に入る人間は、選別する。恋人っていう立場を持って、その領分を容易に入ることができるなんていう思いは
勘違いも甚だしい。
「そりゃあ、そうっすよ。分かってますって。」
一体何を分かっているだか。
でも、確かにこの男は入ってこない。一人にして欲しい時にしてくれる。介入して欲しくない時にはそれを察してくれている
と思う。今の…
「今のところは、っすか。」
作業の手が止まる。
「何が?」
「今のところは、アタシはあなたの恋人だし、あなたの中に入りすぎてないってところっすか。」
「そ。こんな女が嫌ならさっさと別れたほうがいいよ。可愛げ無いからね。」
「いやあ、なんか野良ネコみたいでそこがまた、ほら、今言うでしょ。なんでしたっけ。ツンデレでしたっけ。」
手元にあった本のカバーがグニャリと曲がる。
今、なんか不愉快な言葉を聞いた。
「やめて。」
心底嫌そうな顔して、見てやると。
心底嬉しそうな顔した男が一人。
「喜助、あんたさあ、ずっと思ってたけど。」
「うん?なんすかさん。」
「性格悪いよね、腹黒いし。」
「いやあ、そんな事ない…」
「ある。一応コイビトの私が確信もって言える。」
「おや?」
初めて、自分からコイビトという単語を使ってみる。今まで使わなかったのは、何時別れるかわからないから。だが、ツンデレ
という言葉だけは回避したいわけで。
でも、そんな理由染みたことで、言い訳じみた意味じゃなくて。
だから、真っ直ぐに目線を逸らさずに。
「良いんですか?作業止まりっぱなしですよ。」
聞きながら、私の手を握り締めているのは疑問符が付いてても質問じゃない。
「させないように止めているのは喜助のほう。」
「おや、イヤッすか。」
今度は疑問符無し。
「性格悪い。」
「手、冷たいっすよ。」
「雪、降ってるからね。」
喜助越しに外を眺める。下に降っているのか上に巻き上がっているのか分からない、牡丹雪。
「そっすね。外、出ます?」
「出る。こういうのを下から眺めるの、好き。」
外へ向う中、手は繋いだまま伝わる温もりと振動。
笑っている?
「余程、嫌なんすねえ。ツンデレってのが。」
「嫌。自分でもよく把握できていないものに、入れられるのは。」
下から眺める雪。しかも牡丹雪。
窓から見れば下りているしか見えない。
でも下から望むそれは、どこまでも舞い続けて、捕らわれない、何時降りてくるかもわからない。
曇天の中、真っ白な雪だけが清らかなるもののような。
「今日、誕生日ってのは知ってる。毎年、知ってて私、何もしない。」
「へぇ〜、そうなんですか?」
「物に残すのは嫌。残るのが嫌。」
「別れた後、っすか?」
「そう。辛い、から。可愛くないのは知ってる。でも、私は変えられない。これが私だから。」
変えられない。この年齢になるともう、変えるのすら怖くなる。
申し訳ないと思う、心が少しはある。それでも、変えない。
「ん〜。それを可愛くないと思っているさん、でもアタシはそうは思っていない。それに、こうやって見る雪も風情っすねえ。
その時間を一緒に過ごせるっていうのも貴重だと思いマスよ。アタシはこういうのも好きデスよ。
いつも何気ない風景が、違う面に見える。」
握られたままの手がそのまま喜助の口元に持っていかれる。
「俺はそういう風に景色を見ることは出来ないからな。」
触れる唇は冷たい。握っている手よりも、冷たい。
私は、この人のほとんどを知らない。だから、続いている関係なのかもしれない。
だから、知ればこの関係は終るかもしれない。
続くかもしれない。分からないけれど。
とりあえず、
「冷えた。中に戻ろう。喜助。」
あなたと、また、この牡丹雪を見れる日が来るかどうか、それは私もあなたもわからない。
とりあえず、
「お誕生日、おめでとう。」
「アリガト。」
「一体いくつになったんだか。」
「そ、それは言いっこなしデスよ。さん。」
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