タイトル『妬むこと慕うこと』
私だけが知っていたこと。
私だけの知識。
他の誰もが彼を知っていても、このことは私だけが知っている。
知っていることへの優越感。
彼に対しての独占権。
でも、誇示するほどには浅ましくなれなかった。
それでも、十分だった。満足だった。彼女が来るまでは。
「誕生日、というそうなのだよ。。」
「たんじょうび……」
「そう、神子殿の世界では人が生まれた日を祝う習慣があるらしい。」
神子……龍神の神子、京を救う存在。確か先日、藤姫様が客として連れてきた方。私の知らない世界から
来た、人。知らない知識。名前。
知っていた情報に、名前をつけられた、嫌な感じ。
「それで、ここに来たということは何か、あるんでしょう?」
「おやおや、まるで用が無ければ私がここにこない、というような言い方だね。」
実際に、そのほうが多いくせに。橘友雅。左近衛府少将。立場も立派な物だが浮名もそれに見合っていた。
たしか、天真殿の話では“女たらし”というらしい。そんな彼が私の元へ通いだして1ヶ月。否、正確には数年になる。
ただ、その間に途切れることが多かった。だから、また、通いだして1ヶ月。
通う、か。確かに通ってはいるんだろうけど、以前は藤姫の用事の後の方が多かった。以前と違うのは、対象が神子殿に変わったことだけ。
相変わらず、この男は本心が見えない。見たい、とは望まない。そういうのを厭う人だから。
束縛を何よりも嫌う人だと思うから。
だから、知らないわね。私があなたの生まれた日を知っているなんて。
そう、思っていたの。
「こちらでは、年が明けるとともに1つ年を取るわけなんだがどうしても知りたい、とおっしゃるんだよ。」
「知って、どうするの?」
「祝いの会を開いてくれるらしい。が、残念なことに私にははっきりと覚えがない。」
「……治部省にでも聞いてみることね。」
「ああ、だが、その前に。、君は知っているのではないか、と思ってね。」
瞬間。固まった自分がいた。硬直してしまった。今まで、そんな話題出たこともなかったから。
なかったから?
「知らないわ。」
口をついて出た言葉は、出してしまった後に自覚した。
「あ〜〜!?やぁっと、見つけた、さん!」
この屋敷でこんなに大きな声を出すのは、ただ一人。先日まではいなかった、異邦人。
「あかね様。」
「詩紋くんに聞いたんです。さんがいつもここにいるって。」
詩紋、あの外見が鬼に酷似している少年。よくここに来ている。この書庫。私の仕事、左大臣家の書庫管理、整理。
この時代、文章の読める私は、女は少なく嫌悪をよく向けられたものだ。だからだろうか、どうしてもあの詩紋という子を
厭うことはなかった。でも、
この子は別。特に今の私では。
「何か御用ですか?」
「あ、そうなんです。この時代ってお祝いする時にどんなことをするんですか?」
「祝い……」
「はい、もうすぐ友雅さんの誕生日なんでみんなでぱ〜っとお祝いしようってことになって。でも友雅さんがどういったの
が好きなのかとか、普通はどうやっているのかわかんなくって……」
屈託なく、無邪気に笑える少女。自分の思ったことを素直に吐き出せる、それが出来る少女。
この子には関係のないことなのに、この子に罪はないのに、
妬ましく思った。私には出来ないものができ、だからこそそれが彼を惹きつける。
「さん?」
「橘少将殿は、あまり華美な雰囲気を好まれませんので雅な風情がよろしいかと。」
「華美を?雅って?」
「大勢、というのを好まれません。」
あかね様の顔を見ている自分の顔を想像する。あかね様が顔を強張らせたのが分かった。私が彼女の目にどう映っているのかも
容易に想像できた。
「ですが、自分を思われて開かれたものを無碍にされる方ではございませんので、あかね様の思うとおりになさればよろしいのではないでしょうか。」
「そ、う、ですね。友雅さんってそういう方ですもんね。あ、あとですね……」
私はこの時気付いていなかった。影から見ていたなんて。見られていたなんて。
「何だかんだ言って現代と同じような感じになってんだな。」
御簾の向こうから聞こえるこの声は天真殿。
「いいじゃない!こういのは気持ちの問題なんだから。それにプレゼントも用意してない天真くんにいわれたくな〜い!」
ぷれぜんと、妙な言葉。贈り物をこういう言葉で言うなんて。
『それには条件があります。』
目の前の琴に触れる。良い琴、藤姫さまがいつでも嗜み手入れし、大事に使われているから。
弦を弾く。
あなたは知らないでしょうね。私が琴を嗜んでいることなんて。
あなたは知らないでしょうね。私がこちらからあなたを見ていることなんて。
あなたは知らないでしょうね。私がずっと、あなたの嫌いな本気であなたを想っていたことなんて。
知らないでしょうね。
言わなかったもの。
だから最初は、幻聴かと思った。
だから次に、永泉様かと思った。
だから、最後に自分の目を疑った。
演奏が終わると、御簾の向こうで感嘆の声が上げられた。
「うわ〜、友雅さんって笛もできるんですね。」
「嗜む程度にね。永泉様には足元にも届きませんが。」
その声を聞きながら私は静かに退席する。もう、十分だった。祝いたい自分の気持ちは満たされた、一緒に演奏できた、
十分だった。
だからこの後のことを私は知らない。すべて後日知ったことだ。
誕生会が終わって皆が帰ろうとしていた時一人御簾の向こうを眺めているもの。
「どうしたんですか?友雅さん。」
「いや、どの姫君が演奏していたのかと思ってね。琴は藤姫の、だね。でも違う。」
「えっと……」
「困らせてしまったかな。」
「あれ?友雅さん、帰られないのですか?」
「ちょっと、ね。」
帳が動く気配に振り向きそうになる。でも風に乗ってきた香にその心を止めた。
「何か、用?」
「君からのプレゼントのお礼にね。」
ぷれぜんと、という言葉に嫌悪がこみ上げる。
「何のことだか、わかりかねます。」
昼間の会話が頭の中に響く。
『あとですね、贈り物の雅ってどんなのがいいんですか?』
『香合わせや音楽などありますよ。』
『音楽か〜、あ、そうだ。さん何か弾けますか?』
『……琴を少し。』
弾いてくれと願う少女。一回の懇願、即、応答。
何故か、あの時嘘をついているときと同じで口に出てから自覚した。
『それには条件があります。
私のことは言わないで。一切、何もかも。』
「琴のところに香が残っていた。普段、あまり君はきつい香を選ばないから気付いてはいないかもしれないが、
それでも、残るものだよ。その香は。特にそれはね。」
「たまたま、これを昨夜焚いただけよ。いつものはきらしていたから。」
「私が、調合したものだ。」
背後に感じる気配。それでも向けない。
「よく、馴染んでいる。」
人の温もりを首筋に感じる。
「琴、ありがとう。この手が書物以外を触れる様を今度は目の前でみせてくれると嬉しいな。」
下に置いている手に重ねられる手。
「私も嬉しかった。共演。」
「おやおや、今日は随分と素直なんだね、。」
「今日だから。見えないから。」
「なるほど。だが、私からは君の顔がよく見えるよ。」
分かっている。私の前には鏡。不意に右手に重ねられた温もりが消えた。それが、顎に沿って添えられたのに気付く。
意図がわかった。
「否」
初めての拒絶。
「何故?」
「見たくない、自分の顔。」
「醜くなどないよ。」
「な、に?」
「神子殿を妬んでいる、その時の顔は歪んでいた。だが、そんな自分が嫌だから昼間に助言を与えたのだろう?」
見られたことを知る。この男は、卑怯だ。何も興味のない顔をして、何もかもを知っている。
このことを言えば、また通うことがなくなって今度こそ来ないかもしれない。
「生まれた日、知っていた。誕生日って言葉もぷれぜんとっていうのも使わないで。あの子に教えられて知識なんて
言葉なんて聞きたくない。嫌なの。自分にできないことを簡単にできるあの子。」
「でも…」
「でも?」
「そんな子供じみた行動するのを許せないのよ。どちらも嫌なら、より嫌なほうをしない。ように心がける。」
「そうか。」
顎に添えられて動かない手に重ねる私の手。
「今日はあなたの誕生日でぷれぜんとが必要なのよね。」
「もう頂いているよ?」
「いくつでもいいのよ。私があげたいんだから。
あのね、今まではっきりと言ったことはないけれど私はあなたが思う以上にあなたを慕っているよ。」
「それは、一番嬉しい贈り物だ。だが、それは俺も常々思っていたことだよ。」
手はそのまま鏡のほうを向かず後ろを振り向いた。
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