タイトル『自覚』

いつもいつも、余裕な男。
微笑を絶やさず、飄々とした態度を崩さない、帝の信頼の厚い男。
いつでも、女の噂の絶えない男。

左近衛府少将、橘 友雅。
それがその男の名前。私を牢屋から連れ出した、男の名前。


一体何が起こったのかわからなかった。今年の春に、行方不明者が出たという井戸に近づいたのがきっかけだった。
そこは、初春にはきれいに桜の咲いているようなところだったが、残念なことにの行ったときにはそれもすっかり散っており、葉桜となっていた。
その井戸に背を向け、そのあたりを見回したときに不意に背後から何かの気配がしたのだった。
振り返ると、そこに引きずり込まれ気づいたときには、全く別の世界に。
この遥か千年前の京の世界に来ていた。
運が良いというか悪いというか。

最初に落ちた場所が、人が大勢いる場所、

市のど真ん中。

『!?鬼だ!』
突然、何もないところから人が現れ、しかもよく見れば周りの人と格好が違う。あっけなく取り押さえられ、後ろに腕を回された。
無理やりだったので、かなり痛かった。
そこへ通りかかったのが、これまた運悪く検非違使と呼ばれるもの達。あれよあれよという間に牢屋に連れ込まれた。そこから聞こえた言葉から、
「鬼」というものと勘違いされて、しかも処刑云々という言葉までも聞こえてきたので、これには驚いた。
そこからはもう、大声出して牢番と口論じゃなくてお話し合いをして、そこへ来たのが橘友雅だった。
『おやおや、これは麗しい姫君だ。ふむ、君はどうも神子殿と同じところから来たようだし、ちょっと私に付き合ってもらえるかな。』

と言ったのだった。そこまではいい。牢屋から出られるなら、
でもあの男は私に聞こえる程度の声で、ごく僅かな小さな声でこう言ったのだった。
『もちろん、夜の相手もしてもらえたら嬉しいね。』

「…というのが最初よ。」
そう締めくくり聞いていたあかねは一言。
「うわあー、友雅さんっぽいなあ。」
「まったく、少将殿の言いそうなことですわ。」
この状況においての幸運なことは、同じところから来たのが私だけではなかったこと。この子、あかねちゃんもそうらしい。まあ、立場はぜんぜん違うけど。
私は今、藤姫の屋敷に来ていて、この二人の話し相手をしている。
というか、呼び出された。朝に館からの文が届いて何事かと思えば、最初の出会いを聞きたい、とのこと。
「でも、なんでこんなの聞きたがったの?」
「え?え〜っと、今後の参考?ねえ、藤姫ちゃん。それにアノ友雅さんを落としたさんだもの。一体どんな風だったのか聞きたか…」
ごふっ、
飲んでいたお茶が変なところに入ってしまった。それにつけても今なにか、とんでもないことを聞いたような…
「きゃーっ!!!大丈夫?さん、」
急にむせた私を心配してあたふたするあかねちゃん。藤姫も同様だが、すぐに冷静になり背をさすってくれる。大丈夫と言うことをなんとか手で伝える。
「っっはあ、死ぬかと思った。っていうか、あかねちゃん、変なこといわないでよ〜」
「??変なことって?」
「私、橘さんとはそういうんじゃないから。」

「「ええ〜!」」
って、藤姫まで。何?世間一般ではそういう風に見てるの?
と聞いてみたら烈火のごとく、二人が交互に述べた。
「あたりまえですわ、ついにアノ友雅殿も北の方を、と私おもいましたもの!」
「そうですよ、だってアノ友雅さんが、自宅に住まわせるなんて!」
「それもありますし、友雅殿の浮いた噂も久しいのですもの。きっと、様一筋の証ですわ!」
「私も友雅さんが仕事真面目になったって聞いてますもん。」
え〜っと、
「あのね、二人とも。私が橘邸に居るのは他に行くところがないからで、ちゃんと掃除とかは手伝ってるし、浮いた噂は私よく聞くよ?
橘さんのとこの女房さんたちから。今日はどこそこの姫のところに通われた、とか。で、仕事をきちんとするのはそれは、勤めに出るものとして当然なことでしょ?」
と、言ってみたところ愕然としてこちらを見る二人。なんで?
おかしなこと?
でも、そうよ。私、住まわせてもらっているだけでって、あら?
「もしかして、邪魔かしら?私がいると橘さんの想い人さんに失礼かしら。あらら?じゃあ、彼女の言いたかったことって…」
これには気づかなかった。だからか、この前とある女房にいわれたことは。
一人納得していると
「一体なんの話かな?」
「いえ、彼女が橘さんの想い人なら私、出て行かないとって……ん?」
考えに没頭していてつい突然の声に答えてしまった。いつもよく香る、侍従の。最近、すっかり馴染んでしまった。
「私は殿に出て行ってほしいとは、思っていないよ。」
いつも通りの柔和な顔。
でも、それはきっと彼女にとって苦しいことなのではないか。だってねえ?自身の想い人が他の者に自宅に住んでいてもよい、なんて許可していたら、嫌だわ。
と述べてみたら、なんだかおかしな声が返ってきた。
殿の言う“彼女”とは誰のことなんだい?」
「え?千早さんですよ?」
「千早の君とはそういう関係ではないのだが。」
……でも、確かに先日彼女は言った。
『全く殿は優しくていらっしゃる。女性には特に。例えそれが殿のようなものでも。想っている者の気も知っていてのことなのでしょう。』
つまり、『橘さんは例え得体の知れない殿にも優しい。それも想い人である私に嫉妬させるための演出なのでしょう。』


しかし、橘さんはそういう関係でないという。なら、彼女が橘さんを想っていることは確実で、私に牽制?だったのかあ。
「え〜っと、でもこの二人が誤解しているようなので、やっぱり私、出て行きますよ。」
「誤解?一体なにをだい?」
「私と橘さんが付き合っているという。」
そういうと急に黙り込んだ橘さんは、なるほど、と一段低い声でいい私をしっかりと見据えて聞いてきた。
「つまり、殿はそうは思っていないだけだね。」
「と言いますか、私がいると想い人の所へ通えな…い、のでは、と……」
怖い。そう思った。目の前にいる人がまるで違う人みたい。いつもの柔和な微笑もない、余裕そうな、飄々とした雰囲気も。
これ以上言い続けられないほどに。藤姫やあかねちゃんに助けを求めようと彼女たちのほうをむいたがいつの間にかいなくなっていた。

殿。私は言ったよ、あの時、『夜の相手をしてくれたらうれしい』と。」
「……」
ついさっき、話していたことだ。覚えている、と言うか…
「確かに私は今まで他の姫君たちのところへ多く通っていた。否定はしない。だが、ね。」
それも知っている。いままで聞いてきたこと。でも、本人に言われると…
「初めて出会った女性にそこまで直接的なことを言ったことは今までないんだよ。」
寂しげな憂いを帯びた顔。…曇らせてしまった。
最初の言葉。思い出したくなかった。噂を聞いていたから、誰にでも言うのだろうと、そう、思っていた。


否、思いたかった。そう、思っていれば楽だった。こんな人を好きになってしまった、という自覚をしなくても良いから。
逃げていた。だって、怖いもの。その言葉に踊らされていたのが、思い上がっていた、ということを知ることが。そうして、
本心は、心の奥底に隠す。
自分さえも誤魔化す。

なのに、悲しいような、嬉しいような。
悲しいのはこの人にこんな顔をさせたこと。
嬉しいのは、私に向けられていたと言う言葉、…浅ましい。
すっと、こちらに伸びてくる手。その手が私の頬に触れるかどうかの位置で止まる。

「触れることを許してくれるかい。

 

きっと、許してもらえなくても私は触れるけれど、ね。」



そうして、私にもう一言。

確実に私を堕とすことばを。












「私と共に過ごして欲しい」








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