タイトル『空を落としたような青』

それは一通の嘆きの手紙から始まった。
しかも差出人の名前を見てみれば、思わず首をかしげずにはおられない。
そんな連名で。



私、 は現在雨乾堂(の戸の前)へ来ている。というのも、店のお得意さまの浮竹十四朗の体調が良くない。
ということで。いつでも、寝込んでいて起きているほうが珍しい。体が弱いことは、私の店のお得意さんということで立派に証明済み。
なぜなら私は薬屋、というか漢方の薬剤店を営んでいるから。
だから、接客するときに相手の体調とかを聞く機会とかが多い。
たしか十四朗を連れてきたのは、彼の部下である3人。清音、仙太郎、そして海燕だった。

「十四朗?入るわよ?」
一応、扉の前で来訪を告げる。が、中から返答はない。動く気配はするので居ることもこちらに気付いたことも確か。
「十四朗?」
とりあえずもう一度尋ねてみるが返事はない。

告げることは告げたので、入っても問題あるまい、そう判断して中へ入る。
一歩踏み入れて、部屋の主を見てみれば、
「また、そんな薄着で。病人はおとなしくしておいたほうがいいと思うけど。」
「……あの二人か。」
どこかやつれたような、生気のないような顔でこちらを見る十四朗。
いつもの病気のときとは違う。しかも、卓の上を見てみればその上にはきっちりと昼餉と薬がそのままきれいに残っている。
「食べないと、治るものも治らないわよ?」
「……」
ああ、あの二人が連名で助けを求めるはずね。まあ、封筒のそこは何度か競い合った後があって、書いては消しを3度ほど繰り返されていたけれども。
「十四朗?」
目線がぼんやりとしている。どこを見ているか分からない。これは、アレね。俗にいう鬱。
そのまま違う世界に行かれてもなんなんので、まずこちらの世界に救出しようと思います。
「…っつ!!」
「はい、おかえり。」
目線の先に顔を近づけてみました。十四朗と私の距離、僅か二寸(約6センチ)。
近すぎて十四朗の顔がぶれているのが残念ね。
「食べて、飲んで、寝て。ね?」
最大級の私の持つ可愛さをもってして頼んでみる。
「そうだな……」
一応、頷いてくれていますが目線は今度は俯き加減。
「ね?食べよ?」
蓮華に粥を掬い、口元へ「あ〜ん」の要領でもっていくも、十四朗からは無言が返ってきた。
仕方がないのでそれはそのまま私の口元へ。…うん、絶妙な塩加減。
「ねえ〜十四朗?」
「…なんだ。」
返事がある。よし、このまま会話に持っていこう。
「私はだ〜れ?」
「…だ。」
「そうよ、さあて私の職業は?」
「…薬剤師…?」
「どうして疑問符がつくのよ。…まあいいわ。そう、薬剤師。で?」
「?」
「私とあなたの関係は?」
「恋人、だな。」
ああ、よかったわね。十四朗。ここで詰まってたり疑問符がついたりしたら店で一番苦い丸薬を水無しで押し込むところだったのよ。
そう、私たちは付き合っている。それもこれも、海燕の采配から来たのだった。
なぜ、十四朗が鬱に入っているのか。
なぜ、あの二人が連名で救援を求めたのか。

詳しい事情、経過は知らないけれどそれは、海燕の死に関係があることは明らかで。

その死の経過を知らないからこそ言えることもある。

「こ〜んな、自分で回復を遅くするような要因を自ら作るなんて、恋人の私を悲しめさせたいの?」
高慢な台詞。

「……かまわない。今は、考えていたいんだ。」
「…馬鹿ね。本気でいってるんじゃないわよね。」
「さあな。」
「ほんとに、馬鹿ね。あんたがそんなんで海燕が帰ってくるわけでもないでしょうが。」
言い終わった後、目の前に居た十四朗が消えた…ように見えた。
居場所は、私を襲った衝撃と共に知ることになる。背中に走る衝撃はそのまま肺をつきぬけ、目を閉じさせる。
息が詰まり、同時に両手首を押さえつけられているのを感じた。
「っいった〜。」
「なにが分かる。その場に居なかったお前に。あいつは普通に死ぬことすら出来なかった。体の中身は空に近い。そんな状態だった、
腕から皮膚がはがれ、塊が落ち、下につく前に消えてしまう。そんな状況だったんだぞ!!」
「そう。それだけ?」
「それだけ、だと?」
「死神なんてやってるんだから遺体が綺麗なままなんて皆無よ。殉職なら、特にね。
海燕ならそういう最期だって予想できていたんじゃないの。体がそうなるかもしれないなんて。






  ねえ、十四朗。いったい何をそんなに悔いているの?」

ここに来たときから、手紙が来たときから気になっていた。

海燕の死が、辛くないわけない。彼が部下の死に心痛めないはずはない。でも、言い方は悪いけれど、それだけなら十四朗が周りに心配をかけるようなことするとは思えなかった。むしろ、信頼厚かった海燕の死に落ち込む同僚たちを励ますほうに回る。
それができないほど、彼を妨げているのは。
それがこの鬱の根幹ではないのかしら?

「俺が、」
「うん?」
「俺が殺すはずだった。」
「……」
「だが、あの時、発作が起きて。海燕を慕っていた部下に、まだ日の浅かった少女に殺させた。
そう、命令を出した。俺が。」
ああ、そうか。自分の背負うはずのものを大事な部下に背負わせてしまったから。だから。
「そっか。」
髪に隠れて、顔は見えない。
私も敢えて覗き込もうとは思わない。
不図目線を横にずらせば、以前、縁日で十四朗に買ってもらった簪。青い透き通るような蒼。
そんな色の玉が先についている。先程の衝撃で落ちてしまったらしい。
渡されたとき、十四朗はすこし照れたようにしていた。それを隠すためにそっぽを向いていたと思う。

「縁日、また行きたいね。


また、今度。清音たちも誘って。そのときにはその子も連れて行って。


笑ったり、したいね。今は、難しいなら。また、いつか。」


「……そうだな。いつか、な。今はまだ無理だな。笑うのは。」


「きっと、その子もそうなんだろうね。だからゆっくりでいいから。限りがある時間なら、ゆっくりでも密度のある時間をね。」
ああ、と小さく言った十四朗はそのままゆっくりと私に覆いかぶさってきた。
そのころには手の拘束も解けていた。

そのまま私たちは何をするでもなく、ただ抱き合っていた。
身近に感じるのは十四朗の体温と、上下する背中、鼓動。
押し倒されている状況とほとんど変わらないのに、重く感じない。こんな時なのに、こういう配慮を欠かさない十四朗に微笑ましくなった。

簪の玉が光に透けて、畳の上に小さな青い空を作っていた。


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