タイトル『double-faced person?3』
「あら?」
珍しく一日非番のホークアイ中尉は、街中でを見かけた。手に持っているものは重そうな本。それを3冊ほど、軽々と持っていた。辞書ほどの厚みのあるものなのだが。
声をかけようとして、少し留まる。明らかに、ナンパ目的の男性が彼女に声をかけたからだ。あのいかにも、どこかの令嬢のようなにはとてもその対処は難しいだろうと思い、助けるべく向かったホークアイ中尉。だが、それが双方の互いの印象を変える出来事であったことは、この時思いも寄らなかったのだった。
「重そうだね?彼女。」
なんだか、いかにも軽薄そうな茶髪のウェーブの男が話しかけてきた。これまで、このような経験がなかったは、突然の言葉に不審に思いつつも、微笑を浮かべつつ応える。
「いいえ、大丈夫ですよ。」
この微笑、と言うのがの内心を隠すものだとは、残念ながらこの男は知らなかった。ましてや東部では今のところそのことは、ロイしか知らなかいのだった。この男が知るわけもない。その二面性に苦労しているのがロイでもあるのだが。
「ちょっと休憩がてらそこで話でもしない?」
「いいえ、急いでいますので。(馴れ馴れしいなあ)」
「なら尚更、その荷物は俺が持つよ。どこまで行くの?」
「初対面のかたにそこまでしていただくわけには。(なんなんだろう。この男、うざったい)」
なかなか引かない男に、の内面はかなり荒れてきた。ただし、表面的にはいかにもにこやかなお嬢様を崩してはいないのだった。
「いいから、いいから。」
そういって、その男は勝手にの持っている本を自分の手中に収めたのだった。
そして、次の一言がいけなかった。この言葉は、を怒らせるには十分な効力を持っていたのだった。
「こんな本なんかより、俺の相手をしてよ。」
何気ない一言、なのだろう。普通のものにとっては、それが怒りにつながるとはまったく考えもしないことだ。しかし、悲しいかな(男にとって)。彼女は本が大好きな人であった。
『昔、の本を濡らして駄目にしたときは、それはおぞましかった。』
とは、ロイ・マスタングの後日、語ることであった。
「あんたの頭の中より、この中にはたくさんの知識がつまってんだよ。」
顔だけは微笑み、口調は今までとがらりと違う。その言葉の意味を彼は最初は理解しなかったようだ。
「え?」
「あんたの空っぽの頭ん中よりもよっぽど充実してる、といってんだよ。」
今度は微笑みも絶え、下から睨みを効かす。
そしてやっと気づく男。目の前の女が暴言を吐いたことに。呆然とせざるを得ない彼の手中から本を奪い去ろうとしたところで男は、現状を理解したようで頭に血が上ったようであった。の左手で掴み、右手を振り上げる。
その状況をは冷静に見ていた。
(あー、ワンパターン。もうちょっと面白いことしてくれればまだ救いもあるのに。当たりそうだな、痛いかな?ま、いっか。顔の一つや二つ。歯を食いしばれば良いというし。…あれ?)
一応の覚悟を決めつつも、気丈に見上げていた男の手が不意に止まった。
カチャリ、と聞きなれない音が聞こえた。鍵を落としたような音でもなく小銭が落ちたような音でもない。
男の背後を見てみれば、
「止めなさい。それ以上、続ければ婦女暴行犯で現行犯逮捕します。」
と腰の辺りに銃を密着させるホークアイ中尉がいた。どうも、非番らしく普段の軍服と違い私服であった。それでも、銃を持ち歩いているのは軍人らしさをうかがわせた。
「それにしても、吃驚しました。まさか、あんなところでホークアイ中尉にお会いするなんて。」
先ほどの男がを誘おうとした喫茶店に今、彼女はホークアイ中尉といた。
「私もですよ、さん。でも、次からは気をつけて対処してくださいね。あの手の男は逆上させると厄介ですよ。」
「ええ、分かってはいるんですけれど本のこととなるとどうしても…」
注文したコーヒーを飲みつつ、しゃべるホークアイ。そして、彼女を怒らせる起因となった書籍たちに目を向ける。
3冊の書籍。その題名は普段の彼女の外見らしからぬものだった。
『罵詈雑言辞典』
『An introduction to the evil woman.』
『The best way to operate the man. 』
いや、先ほどの彼女の言動からは似合わないとは言い切れないものだが。
その視線を感じてか、は言葉をつむぐ。
「それにしても迂闊でした。あんなところを目撃されるとは。……まさか、ばれるなんて。」
そういいつつ最後には少し茶目っ気を出し中尉を見る。
あの時、ホークアイが見ていたと気づいた後のの行動は速かった。見られていたこと云々よりも先に、今までのように振舞うことに徹したのだった。両者が、互いに気づいていたにも関わらず。
「さん、先ほども言ったけどあなたの普通どおりに話しても良いのよ?」
なんとなく、気づいていたしね、と最後に付け加えるホークアイ。
「いいえ、外では例え知られたとしてもこの雰囲気でいくと決めているんです。」
「そう。…そういえばどこに行っていたの?」
助けたときにも同じことを言ったが、の意志は固いらしく決して崩そうとはしないのだった。しかし、なぜこんなにも徹底しようとするのかが疑問に思うホークアイであった。
「図書館です。いつも暇なときはそこに行っているんですよ。」
そう云う彼女をちょっと観察してみる。上司の自称“婚約者”。上司いわく“幼なじみ”。わが上司ながら、周りに敵も作りやすく若いながらに左官というのも起因しているのだが。それ故に、上司の意に沿わぬ婚約話も幾度も持ち上がってきていた。それを簡単に流し、また場合によっては相手に断らせることも厭わない。
そんなロイが、この娘に何も言わないのが不思議だった。否、言葉では散々言っているのだが実際に動こうともしないのが不思議だったのだ。同じ女の立場から見れば、ユリアの想いは本物のように思う。そうでなければ、単身でここまで来ないだろう。しかも自宅へ押しかけるのではない。彼女は最初に東方司令部、軍に来たのだから。ロイいわく、彼女との婚約騒動は、家にいる母親の意向によるものが多分に含まれているらしい。
そのことに関しても自身に何も拒否するようにはとても見受けられないのだった。
一体、彼女はどうしたいのか。
「ホークアイ中尉。」
「リザでいいわ。」
「では、リザ。単刀直入にお伺いします。あなたとロイの関係は何ですか?」
いつかは聞かれると思っていたのだろう。ホークアイは至って普通に、尚且つスッパリと答えた。
「上司と部下。それだけよ。」
「そうですか。」
この答えも予想の範囲内だったのだろうかは自分から尋ねておきながらさらりと流した。
「ロイは…」
「?」
「イシュヴァール殲滅線に行くことが決まる少し前から、全くといってもいい程、連絡を絶ったの。」
その時のの目つきは今までに見た彼女のどんな表情よりも人を惹き付けるものだったと、後にホークアイは語った。
「何があったのか、あの人が何をしたのか、今、何を思って軍にいるのか、私は何も聞かされていない。
きっと、あなたは知っているのでしょうね。」
羨望とも、妬みとも嫉妬とも違う目つき。何が含まれているのか分からない。それでも、そのときホークアイを見つめる瞳は真摯であった。
「…知りたいの?」
「ええ。でもそれは、ロイの口から聞きたいの。
戦場をともにしたあなたからではなく、ね。リザ。
いいえ、鷹の目。」
そう言って不敵に微笑みつつ席を立つ。彼女の姿をホークアイは見送るだけであった。
図書館はいい。本ももちろんあるんだけど、新聞もある。私の知らない空白あなた。
その事実を知ることができる。
でも、書かれてある事はすべてその本人たちの行ったこと。
それでは、ないの。私の知りたいことは。
だから、あなたの口から聞かせてほしい。そう思う私は、やっぱり自己中心的なのでしょうね。
を見送る形になってしまったホークアイは彼女が図書館で何を知ったのかを悟った。“鷹の目”、それは戦場での私の名前。
彼女は大佐の婚約者。
形だけを望むだけかと、そう思っていた。でも彼女はきっと、もっと深いところで大佐を理解したいと思っているのではないかしら?
そう感じて、啜ったコーヒーはすっかり冷めていた。
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