タイトル『double-faced person?5』
迂闊、その一言に尽きる。前回の私の行動は。予想、していたことだった。
範囲内のことだった。
ロイが私の発言を気にすることなど。
でも、予想の範囲内でも実際に目の前で言われて平然としていられるほど私は大人にはなりきれなかった。
これが、他人なら別にどうとでもないのに。ロイだからっていうのが、なんとなく悔しい。
今夜もロイの帰宅は遅いらしい。以前、居候を始めたころはそんな連絡はなく数日帰ってこないことがあった。
だが最近はなぜか、遅くなったり徹夜のときには連絡が入る。その連絡は専ら、ハボックやホークアイからであった。
最近、軍部内は忙しいらしい。ロイがなかなか帰ってこないこともそうだが、連日新聞を不穏な事件が騒がせている。
その一つ一つは小さなもので、着実に解決して行っているのだが、その解決のたびにまた、小さな事件が起こる。
そんなこんなで、今夜のロイも帰宅は遅いそうだった。
だが、このことは両者には図らずも嬉しいことであった。というのもロイは、前回予想外にもを抱き寄せる形になり、
は抱き寄せられる形となって、両者ともにどことなく気まずい日常を送っていたからだ。
ロイに対する私の感情は、恋愛感情とは別なのかしら?
誰もいないロイの家は静かで、周りの喧騒もない。そのせいかは最近よく考える。ロイに対する自分の感情を。長い間、幼なじみであること、
それが前提にあったのだ。いきなり、恋愛云々とは考えられない。
しかし、ロイのお母さんに呼ばれて今回の“婚約”話を聞かされたときには、即行動していたのもたしか。
あの時は、ロイに会うことだけを考えていた。連絡のない数年間。知らされるのは新聞記事のみ。その新聞には、階級が着実に上がっていることと
戦争での彼の功績を伝えることのみ。本人からの直接の言葉は、本当に全く聞いていない。
にはその新聞からの情報で、なんとなく腑に落ちないものを感じていた。
ロイはイシュヴァール殲滅戦のおり中佐に昇進ということと共に“英雄”の名を冠していた。
“英雄”。
戦争におけるそれは、その人がどれだけの人を救ったかではない。どれだけの人を殺したか、だ。
あの戦争は、始まり方から終わり方まで異例尽くしだった。そんな中を彼がいて、今もまだ軍に在籍している。
いったいなぜ?なにが、彼をそうさせているのか。
愚問、である。イーストシティに来て実際に彼を見て、会って、会話して、生活して、知ってしまった。分かってしまった。
ロイが、国を変えようとしていることを。頂点に立とうとしていることを。そのために、自分の信頼できる部下を見つけ、共にその道を歩もうとしている。
彼らはそれぞれにロイのその道に、その能力を十分に発揮できる。
銃、体力、知力、情報力、そして通信能力。
では、私は?いったい、私は彼の何に役立つと言うの?
そうして、の悶々とした考えは頭の中を巡っていくのだった。
一方、こちらは東方司令部執務室。そこには主のロイ・マスタングとちょうどサインをもらいに来ていたハボックがいた。
いつも、サボっていることの多い上司が今日は黙々と仕事をしている様にどうにも違和感を拭えないらしい。
「大佐ー、こっちもサイン、いいっすか?」
確認のために言うものの、いつもならばここで嫌味の一つや二つ飛んでくる。
「ああ。」
ハズであったが、今回に限りそれもなく。そんな上司にとある噂がハボックの脳裏を駆ける。
「大佐、噂なんすが……」
ホークアイは働き続きのロイにコーヒーを持っていこうと扉の前にたった。すると中から、いきなり青い顔をしたハボックが出てきた。
「!?一体どうしたの?」
「あ、中尉!今、この中に入らないほうが良いと思うっすよ。」
「?」
疑問を持ちつつ、いつもと違うハボックに理由を尋ねる。すると、
「大佐、知らなかったんすねー。あの噂。」
ハボックのその言葉を聞き、中で何が起こっているかを理解したホークアイ。そして、優秀すぎる副官は行動も速かった。
執務室に入り、電話口に叫んでいる上司に対し、いつも通り銃でおとなしくした後に彼女は、すぐさまあるところへ連絡した。
それは、最近よく電話をするところ。
その頃、は東方司令部へ向かっていた。遅くなるとのことだったので、おそらく残業につき合わされているであろうロイの同僚たちへの
夜食をもって。(その中には別口でロイだけのものがあるのだった。)
そして、もうすっかり行きなれた道に東方司令部では見かけない者がいた。軍服を着ているからにはその人は軍人でありひげをところどころ生やしていた。
特徴的なのは彼の眼鏡の奥。まるで鷹のようなするどい横長の目。その顔を見ていては彼をどこかで見たような気がしていた。そう、最近良く行く場所で。
そこでは彼は生身ではなく、
紙面で。たしか、ロイの隣にいた。
あまりに凝視していたため不審に思われたのだろう。その彼がこちらを向き、近づいてきた。
「お譲ちゃん。ココ(東方司令部)に何か用なのかい?」
“お嬢ちゃん”いったい、この人は私のことをいくつだと思っているのか。そのように思っていたのが顔に出たのだろうか、
男は目の前で爆笑していた。
「いやー、悪い悪い。まさか“お嬢ちゃん”と呼ばれて眉間に皴を寄せる娘がいるとは思わなくてさ。」
眉間にしわ?寄せただろうか。
否、そんなことをしたつもりはない。
「いやいや、中々よく顔に出ているよ。」
私の心を読みましたか!この男!!
「読んでない、読んでない。」
自身の顔の前で手を振りながら、男は笑いつつ否定する。
「お嬢ちゃんだろ?ロイのやつの“婚約者”は。」
「中尉!と連絡はとれたのか!?」
「それが、大佐の家には居ないようでまだ。」
その言葉に珍しく慌てているロイ。否、最近は奇声やら発しているせいで慌てているくらいでは“珍しい”とは言えない。しかし、ホークアイのほうも
慌てている節があり、こちらは珍しい。そして、その珍しさがコトに危機感を迫らせている雰囲気を周囲に与えているのだった。
そこへノックなしで、執務室の扉が開かれた。
「「!?」」
現れた人物を見て一方は、眉間に皺を寄せ一方は敬礼を持って対応した。
「いよう!ロイ!」
「ヒューズ!!」
飄々とした感じで入ってきたヒューズ。しかし、ロイの視線はその後ろに釘付けだった。
「!!」
ヒューズの後ろにいたは、ロイのあまりに大きな声に驚いた。ここに訪れてからは、奇声を聞くことが多かったからだ。
「どうしたの?ロイ?」
「い、いや。…ここまで一人で来たのか?」
「え?ええ。」
窓から覗く空は、宵闇に包まれ始めている。帰りはもっと暗いのだろう。
「帰りはハボックあたりに送らせよう。」
「え?大丈夫よ。このくらいなら。それにハボック少尉も残業が…」
「いいから、送ってもらうんだ!!」
いつもならば、これくらいで怒鳴りあげたりしないため再びは驚いた。それはどうもロイも同じだったらしく、気まずそうな顔をしていた。
「?」
「まあ、いいじゃないか。お嬢ちゃん。ここは男をたてるものだよ。ロイのやつはお嬢ちゃんを暗闇の中一人帰らせるのが心配で、心配で耐まらんらしい。」
「ヒューズ!!」
「いよっ!熱いねえ!」
「さて、その籠、差し入れかい?」
残業と聞き、どうせ夕飯は適当なものしか採らないのだろうと思いは即席でサンドウィッチを作ってきたのだった。
「ええ。皆さんの分もありますので。」
「それじゃあ、ちょっとばかり休憩だな、ロイ。」
その言葉を聞き、ホークアイはを給湯室へ連れて行った。
「で、お前さんらしくないな。女性に怒鳴り上げるなんて。」
「それは、幼なじみで。」
「婚約者、だしなあ。いやー、俺も常々言ったろ?早く嫁さん貰えって。」
その言葉を聞きロイは自身の中の何かが引っかかった。
「お前、何故知っている。」
「うーん?安心しろ。このことは中央じゃ、俺しか知らんよ。しかも、彼女には何やら虫がついているようだし、な。」
一方、給湯室では先ほどのロイの言葉に引っかかりを覚えたがホークアイとともにお茶を人数分入れていた。
「ねえ、リザ。ロイ、どうしたんだと思う?」
「どうしたって、具体的になにが?」
この質問が来ることは予想していたのだろう。落ち着き払って答えるホークアイ。
「帰り道なんて、今まで気にしなかったのに。」
「それだけ、女として意識されている、ってことではいけないの?」
確かに普通ならそう考えて当然だ。が、もロイも幼なじみとしての期間が長すぎた。“婚約”と言う言葉をつかってみても、
自身あまり実感はともなっていなかったのだった。それに自身が恋愛関係に疎い。今までもが好意をもった相手には彼女が自覚するころには、
大抵その相手は遠くへ行ってしまうときであった。
反対に、男性から興味をもたれることはよくあるのだが、これも自身気づかない。しかも、褒め言葉はすべてお世辞としてしか受け取らないため、
男たちは泣く泣く諦めていくのだった。
「女、ねえ。……」
「どうしたの?」
「うーん、今のところ私たちの関係ってなんなのかなあ?ってね。」
「?」
苦笑しているに訝しげな視線を送るホークアイ。そしてその先を無言で促す。
「婚約者ではないのよ、現時点で。でも幼なじみっていうのはロイは肯定しているし。でも、私いまロイの家に泊まっているのよね。
…今のところなにも起ってないのは全く意に反するんだけどね。まあ、それは置いといて。でもねえ、年頃の男女なのにねえ。」
ホークアイは内心、驚いていた。は周りに対してもロイに対しても、いつも余裕をかもしていた。そんな彼女ならこんな歯切れの悪い言葉たちを
聞くことになろうとは。
「ところで。」
「うん?」
「最近、変わったことない?」
「?うーん?……なんだかロイと気まずい。」
この答えに、ホークアイは苦笑を洩らす。軍部内でも噂になるほどなのに当の本人は気づくどころかロイのことを気にしている。一途というかなんというか、
微笑ましいと思ってしまう。
しかし、彼女に危機感が薄いのは現時点ではかなり危ない。そう判断したホークアイはを送っていこう、と密かに決心していたのだった。
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