タイトル『double-faced person?8』
全身の血が沸騰し、急激に冷えるのを久しぶりに体感した。キーンが、滔々と語るのを聞いたときには何も感じなかった。キーンの言っていることに間違いは無いのだ。自分の手が血にまみれていることなど承知済みだったからだ。その手を清めることなどもはや不可能で、更に血に染め軍にいる。
時々、自分でも嫌気がさすときが在る。この国を変えようと、血が流れないようにするために己の手を他者の血で染め上げている自分に。そんな手で、ヒューズのように愛しいものを抱くのにためらいがあった。自覚していなくともそれは確かにロイの中で、奥底で確かにその存在を知らしめていた。
東部の中でも大きく軍のよく使う病室の一室。そこには、救出されたが眠っていた。その顔を見ながら、先ほどのの激昂を思い出す。
「本当のところ、お前は何をしにここへ来たんだ。」
その呟きに答えるものはいない。その答えを知っているものは深い眠りに陥っていた。
ロイはこの事件が起こる、それこそその前からそのことを考えていた。が“婚約者”という名分だけで来たとは思えなかったのだ。ロイ自身もそうだがにしても、故郷ではその手の雰囲気は無かった。少なくとも、両者を異性と感じてはいなかった。そういうのではなく家族に近く、否、家族よりもお互いのことを良く知っている理解している、そんな関係だった。今更、男女としての、恋愛の感覚などは置いておいて自分にはない。
そのはずだった。だからが何を言っても“幼なじみ”ということで自分に納得していた。
だが、がキーンに対して言い返したとき、どこか救われるような気がした。正直言って、戦争中の自分をが“殺人者”と理解しているとは考えていなかった。幾人殺したか分からないこの手のことを考えているとは思いたくなかった。
そして、部屋に踏み込んだとき押し倒されているをみて体の中を熱くも冷たい何かが這い回ってたことに気がついた。それに加えて、口付けているところなどを見せ付けられた。柄にもなく、自分の立場を忘れ、今すぐにでも男を殺したかった。焼くならば、少しでも苦痛が持続するように撃つならば肺を狙って。今でもその気持ちに変わりはなく…
「ロイ、そろそろ帰って寝ろ。」
ロイが一人悶々と考えていると、そこへヒューズが入ってきた。入室したことにも気づかないほどその考えに没頭していたことにロイ自身驚いた。
「…ああ。」
ヒューズはロイの様子を伺いつつ、疑問をぶつけてみた。
「ロイ、をほんとのところはどう思ってんだ?」
どう見ても、“幼なじみ”では片付けられない感情がロイにはあった。それは長年の付き合いでヒューズも分かっていた。それは、彼の信頼する部下たちも同様で。
「わからん。」
ロイもいい大人な年頃、自分の感情についていけないことはまさか在るまい。これは、わからない、と言うよりもむしろ認めたくないのだろう。
「いーや、お前は分かってるよ。認めるのが怖いだけで。」
いつもの飄々とした言い方ではあったが、ヒューズは穏やかにロイをみていた。
「……たしかに怖いな。」
ヒューズの言葉に反抗的に応えることも無い。そう、ロイ自身も気づいてはいるのだった。
「大切なものは守りたいんだが……な。」
「できるんじゃないか?お前なら。」
「軽がるしく言うな!」
今回は助けることができた。だが、次回もできるとは限らない。自分は家庭と仕事、どちらを優先させるかというと今までは両方こなすものだと言っていたが今回のことで分からなくなった。これはほんとに究極の選択だ。これを突きつけた最初の女性は、偉人だな。などと思い、おもいに馳せる。今回は、自身が原因であるがそこにはロイの地位や立場も少なからず加味されていた。次回はロイを狙ったためにに危害が加えられるかもしれないのだ。
軍人で既婚者は少なくない。そんな彼らをロイは尊敬をもって評した。
その最たるものがいつでもロイの近くにいて、惚気話を言っているヒューズであった。ヒューズも先の戦争には出ていて、グレイシアとは当時婚約関係だった。戦地に手紙は届けられ、精神的に末期に近かったロイは問うたことがあった。
『その血で汚れた手で惚れた女を抱きしめるのか』と。
そのときのヒューズの答えが思い出された。
そのヒューズが自分にならできるという。そのつらさも、難しさも十分に知っている彼が。
「っ!?すまん。」
そこまで考えが至りどうにか冷静さを取り戻したロイ。
「いいさ、ま、あれだ。よく寝ろ。」
「ああ。」
検査の結果、は数日で退院できるとのことだった。キーンが打ったであろう薬は持続性も依存性も無いことがわかったのだった。
二日後、翌日に退院をひかえたの元へ見舞い客があった。
「いよう!、元気にしてるか?」
彼は昨日もやってきていた。
「ヒューズ中佐、お仕事はいいんですか?」
「おう。こっちでの仕事は終わったし俺も、もうすぐ中央へ帰るからなあ。」
「そうなんですか。それは寂しくなりますね。」
「おーっと、心配には及ばない!が寂しくならないように俺のかわいいーエリシアの話をしていくからなー。」
正直な話、ヒューズの家族話を聞くのはは苦痛ではなかった。それどころか、嬉しいとも感じていた。
ヒューズもイシュヴァール戦争に行っていた一人だとは知っていた。ロイと同じように戦地へ赴き、彼は幸せな今を送っていることが目に見えてわかるから、彼の惚気話は聞いていてとても楽しい。
もし、ロイが結婚してヒューズ中佐のように幸せを感じられるなら…
そう、は思っていた。婚約者、とは言っても本当にロイがいやならば拒むならば、それならがすることは一つだからだ。
「ヒューズ中佐、お聞きしていいですか?」
「おう、なんでも聞け!エリシアの愛らしさか?かわいいところか?そんなものは全部に決まっているぞー!」
まだ、なにも聞いていないのに勝手に質問をつくりそれに答えていく。そのようすに苦笑しそれでも本題を話そうとする。
「中佐が結婚したのは、イシュヴァールのあとですか?」
まさか、そういう質問が来るとは思っていなかったヒューズは一瞬、を見つめその様子から彼女が何か思いつめていて聞いてきたことが分かった。
「ああ、戻ってからだ。まあ、付き合ってたのはその前からなんだがな。」
頭の後ろを掻きながら答える。
「え?…ということはグレイシアさんはその、ヒューズさんが現地で…」
途中で言いよどむ。この先は言ってはいけない、これは踏み込んではいけない、といいながら思い至ったからだ。だが、言葉に出してしまえばそれが途中でも、もう既に遅い。
「イシュヴァールでな、ロイに言われたことがあるよ。『その血で汚れた手で惚れた女を抱きしめるのか』ってな。」
「!?」
そうして、自身が知らない戦争中のことを語るヒューズ。
『その血で汚れた手で惚れた女を抱きしめるのか』
そう問うたのは連日の殲滅、という名の虐殺に精神の均衡が崩れそうになっていたロイであった。そのロイにヒューズは掴み掛かり怒鳴った。自身への確認と現実へする覚悟のために。
『文句があるか!俺はなここでわかったんだ!惚れた女と家庭を持って普通に暮らすことなんてどこにでもある幸せだ、だが極上な幸せだ!それを手に入れるためだったらなんだってしてやる、生き残ってやる!ここであったことは、俺がしたことは俺一人で飲み込んであいつの前では笑って見せてやる、あいつを幸せにしてやる!』
「今となって考えりゃ、あいつも俺のやったことがわからんわけ無いんだよ。
それでもあいつは俺を笑って迎えてくれる。女性ってのはきっと、どこかで男とは違う、男にはない広さがあるんだよ。」
そう言うヒューズの顔はいつもの惚気話をする時のようなものでも軍務を行っているときの顔でもなく、穏やかな表情だった。
「…ロイにもそんな女性が現れるといいな。」
「?」
ポツリとつぶやいたの顔は、どこか遠くを見ているようで今までに無い、寂しさをたたえ、それでもその言葉はロイに対する感情で溢れていたのだった。
「私は結局、枷にしかならない。ロイのことを受け止めることはできるのに、何かが違う。
それしか、できない。うけとめるしか。」
「。受け止めることが第一歩なんだ。」
「……それが通用するのは双方が想いあっているときだけ、だよ。」
この言葉に、ヒューズは衝撃を受けた。これでは、片方のみが慕っていると聞こえる。
少なくとも、ヒューズから見れば二人は想いあっているかにみえる。がロイに対して愛情が無いとも思えない。ロイは漸く気づいたであろうその感情、それを加えて考えてみて、やはり二人は想いあっていると確信したのだが。
「おいおい、一体なんでそう思うんだ?」
「最近、よく考える。私のこと。…私もロイを幼なじみの延長にしか思っていないのかなって。発端は、おばさまのご意向だったし、面白そうだなって。実際、楽しかった。久しぶりのロイは相変わらずで。
でも、なにか背負ったような顔つきになってて。」
何か思い出すように語る。言葉遣いもいつものようなものではない。だが、語るは指して問題にしてはおらず、嬉しそうに懐かしそうに語る。
「いつだったか、抱き寄せられたことがあった。その時、自分でもおかしいくらい体が熱くなったの。
ああ、この人は男だ。って思った。ふふ、そんなの当たり前なのに。そんなことに気づいたことすら嬉しかった。恋愛感情といえばそうかもしれない。でも、そんなもので括りたくなかった。言葉でくくるとそれがなんだか陳腐な、無価値なものに思えたよ。」
それは、決して本人に聞かされることの無い告白。は気づいているのだろうか、その感情はヒューズの思う、女性のもつ偉大なものであることに。
「でも、私に仕事面では役に立つことは、無いのよ。それでも考えたの。自分に何ができるか。その直後にあの事件。……幸か不幸か、あれがその答えを出したの。」
ヒューズは扉に意識を向けた。
「あんな無茶なことをして、頂点に立とうとするなら私はその歯止めになりたい。あの人が無茶をするなら、私の存在がその歯止めにって。馬鹿みたい。そんなの、ロイにとってはお節介にしかならない。邪魔にしかならない考えだろうに。
それでも、生きていてほしい、できるなら危険に立ち会うことなく生きていてほしいの。」
どこかちぐはぐで、まったく論理的でないのことば。だからこそなのだろうか。その言葉はなによりも感情に満ち溢れていた。
生きてほしい。それは人には当たり前のことなのに、軍人には難しいこと。それを要求することのおろかさ。分かっていても言わずにはいられなかった。
はらはらと涙を流すを見て、ヒューズはおもむろに立ち上がり扉をあけた。
「だとさ。で?お前はどう答えるんだ?ロイ。」
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