硝煙の匂いのする中彼は歩き続けた。先程初めて人を殺した。この手で焼き殺した。
己の手から生まれる焔で人が生きながら焼かれる様を、見た。
どこでこうなった?
こんなことをするために自分は軍に入ってのか?
人のために、
人を殺す?
そんなことに一体何の意味があるのか。それでも自分の行き続ける理由。
不図、男は口元に手をやる。先程までしていた手袋はポケットに突っ込んだままだ。その凶器を。
粘つく唇。それは人を焼いたときに発する脂肪によるもの。
自分の殺した。
最初に殺した、人。
人?最後にはそんな形容ではなかった。ヒトでもなく。単なるモノ。だが、
そうしたのは自分だ。
当てもなく戦場を歩く。伏兵に撃たれようが関係ない。
ヒトゴロシの烙印。
「何をしている?」
そう、声を掛けられて男は顔を上げる。
「嫌な顔。自分に嫌悪している、存在そのものに?ああ、軍人ね。
ヒトゴロシね。」
女がいた。否、空中に浮いていた。その様は妖艶なほど艶めいていて、女の発する“ヒトゴロシ”という言葉にひどく嫌悪する。思わず、手をポケットに入れる。そして、
ぱきん、
という先程の行為をなぞるかのように繰り返し女を焼いた。
男の認識の中に女は妄想の類だと分類されたのだった。宙を浮いていたのだから。
「いきなり無粋ね。」
女は焔に包まれながらも平然としていた。焔は女を確かに包んでいるのに、彼女はそれを一払いするとその焔は一瞬で消えていった。
「バケモノ。」
男は呟く。女は言う。
「私がそうなら、お前はヒトゴロシ。でも自分を殺せない、そんなヒトゴロシ。」
歌うように言う女のことばにカッと血が上るのを感じた。
「!!!仕方がなかった!命令だった!」
「でも、納得いかない。殺してまで生きている自分に。違和感がある?ここで死ぬと楽よ?先を見なくて済むもの。
けれど、しないでしょうね。だからここを歩いてるんでしょ。」
宙から見下ろしていた女はふわりと男の目前に近寄る。そして頬に手を触れる。
「この戦いが何なのか、何を意味するのか。今のお前は知らない。でも、知るときがくるかもしれない。それはお前が生き延びていたら分かるかもしれない。
ほんの小さな可能性。
お前を求めているものは少なくともここにはいる。
お前が先駆けて乗り込むことで死なずに済む歩兵がいる。それで得るものもある。
歩みを止めるのも、続けるのもお前次第。
さて、私も行こう。じゃあね。」
そう言って女は消えた。
男はテントに戻った。これが実質最初の出会い。二度目の邂逅も、また戦場。
銃撃の音が止まない。男は肩に負傷していた。男はその頃には焔で焼くことに慣れ始めていた。そんなころ、隙を突かれたのだった。
男が以前と違うのは生き延びて帰ろうと思っているところ。その目は人殺しの眼になってしまっていたけれども。
「やれやれ、ここまでか。」
それでも現状を見れば諦めざるを得なかった。男は自身の声にそんなに落胆が含まれていないことに少し驚いた。
「落胆しているようではないけどね?」
「!?」
「久しぶり。生きてるね、今も、きっとそれを諦めていないのよ。だから、今回は助けてあげる。」
そう言って女はひらりと戦場へと向かった。僅かな間に音は止み、男の下へ戻った女は、男の肩へ口づける。
痛みが引くのを感じ、見れば傷が塞がっていき小さな痕だけが残った。
「!?」
「サービス。じゃあね。また、会うかもしれない。会わないかもしれない。
糸が複雑だから。でもきっとどこかで繋がるものだから。
聞いておく。お前の名は?」
男は女の話のほとんどが分からなかったし女の存在も確証が持てなかった。名乗ることもしないほうが良いはずだ。
だが、女はまっすぐに男を見たのだった。その眼差しは深く、遠くを見据えているようで幾重にもそれらが混ざっていた。
「ロイ・マスタング。」
「そう、じゃあね。」
女は名乗らず消えた。それはイシュヴァール殲滅戦の中の出来事。
ふっと男は目を開けるとそこは見慣れた仮眠室。
随分懐かしい夢を見たものだ、と男は伸びをする。結局彼女が実在したのかどうかも怪しいものだ。彼女は名乗りもしなかったのだから。
だが、
と自身の肩に触れる。
そこにはかすかな傷跡がありそれだけが彼女とを繋ぐもののようであった。
「さて、そろそろ再開しないとまた、中尉に脅されるな。」
男、ロイ・マスタングは今日の業務へとかえっていった。時はイシュヴァール殲滅戦から数年を経て彼は大佐になり場所は東方。
彼女との再会がいつ、どんなときなのか彼はこの頃知る由もなかった。