タイトル『情報と酒場と女』
からん、からん、
乾いた音と共に男は店に入る。一日の仕事が終わって次の日は半日でも一日でも非番だと男はこの店に立ち寄る。
一見、なんと言うこともない単なるバーなのだが、男にとってそこはなぜか安心できる空間であった。
「いらっしゃいませ。あら?これはこれは、ロイ。お早いお着きで?」
カウンターの中にいる女はロイを迎える。早い、という時間ではない。今は午前2時を過ぎたところなのだから、その上最後に疑問符をつける辺りがかなり皮肉だ。
だがロイもそれには慣れたもので、
「ああ、いつも通りではないかな。。」
の目の前に座る。その店は、夜間ならいつでも開いており、しかもいつ閉店するのかも決まっていない。以前、客が興味本位で聞いてみたところ、はこう述べた。
『さあね〜。決めてないけど、夜が明けたら閉めるよ。』
つまり本人も決めていない、と。
「で?いつものでいいの?」
ああ、というロイの言葉を聞いてはロックのウィスキーを作り、置く。
そのまましばらくは二人に会話はなかった。その他にも客は二人ほどおりその二人も会話などなかった。というか組ではなく別個の客なので当たり前なのだが。
ロイが一杯目を飲み干して次を注文するときにコインを裏返しに出した。そして、
「次はこいつで一杯頼むよ。」
と言ったのだった。それをは見て次に店内を見渡す。ちょうどその頃、店内にいた二人の客も出て行こうかとしている雰囲気があったので
「少々お待ちくださいな。」
と言って二人が出るのを待った。の店では一つの密約がある。それを知ることが出来るのはほんの一握り。
まず、ソレを望むものはカウンターに着く。そして、コインを一枚裏返しにおいて注文を頼む。そのコインは数ある値段の中の最小のもの。もちろんそれだけでは普通の酒は頼めない。
だからこそ密約を要求していることが分かる。密約、与えるソレは情報。しかも軍よりも速く正確に裏の情報までというのが、の売りだった。
客はが決める。密約のことがどこかから漏れたとしても与えるかどうかはが選ぶ。元々、密約の方法を伝えるのもが気に入ったかどうかなのだが。
30分ほどして二人の客は方々へ出て行った。それを見計らいはCLOSEを戸に付け店内に戻った。元々決まった閉店時間を持たない上に、こういう客の時にはすぐに閉めるので周りのものも
急に閉まっても特に何も思わないのだった。場所も裏通りの突き当たりで見つけにくいこともプラスされたのだ。
「さて、何をお望み?」
はカウンター越しではなくロイの隣に座った。その前に作っておいた酒を二つ机の上に置くのを忘れない。
「エルリック兄弟についてだ。」
「最近、噂になってるじゃない?あの破壊魔のことなら新聞でも見るでしょ?」
ころん、とグラスの中の氷を遊ばせてクスリと笑うロイ。
「そんな表の情報をここに求めると思うのか?」
「ま、それもそうね。」
あっさりと答える、それは重要なことを伝えるときもその調子を崩さないのだった。ゆえに情報を言うときもこの調子であった。
「そっちではこう伝わるわ。教主がいなくなったために再興の可能性があると。奇跡の御業とかも、ね。
でも、あの地方では教主は現存。むしろ状況は悪化しているわ。あの兄弟が成しえたと思っていることは何の効果も得ていない。新しい教主が立っているのね。
民を煽っているとも言えるけれど、どうかしらね。きっかけはあの兄弟のような気もするわ。」
一旦言葉を区切り、グラスを煽る。
「アレがなければ、民達は騙されたまま詐欺に気付くこともなかった。だから今の紛争もどきも起こらなかった。」
「それは、エルリック兄弟が直接の原因と言うことか。」
聊か剣呑な口調で述べるロイ。何だかんだで、あの兄弟のことを言われるとどこか腹の立つところがあるのだろう。
「そうは言わない。単なるタイミングの問題ね。
まあ、いいわ。で、教主側と民の対立が激しいのよ。いずれ軍が派遣されるでしょうけど。
いったい、本当の原因が何なのかなんてあの人たちにはきっとわからないのよね。複雑に絡んでいるのよ、何かが。でもソレを解き明かすことはまだ早い。
そうそう、新しい教主はコーネロと名乗り風体も以前のものと一緒よ。奇跡の御業も賢者の石もどきを使ったもの、ということよ。」
いつでも、ロイはの情報を聞くときに違和感があった。彼女が何もかもを知っているかのような、そんな儚い遠くを見るような表情をするときがあるからだ。
それもロイがエルリック兄弟のことを聞くときにそれは顕著に現れていた。
「いつも思うのだが、君は一体どこを見据えて話しているのかね?」
は問われてロイにふわりと笑みかける。それは、ロイを拒絶しているのでもなく受け入れているのでもなく、ただ聞くな、と言っていた。
「さて、お代なのだけれど。」
の情報料は変わっていた。現金でも物品でもなかった。
「そこの電球が切れているの。これに変えて頂戴。」
こういう類が多かった。雑用である。店に関することであったり、自身のことであったり。
最初、ロイは腑に落ちなかった。彼の知っている錬金術師の兄弟がよく言っている等価交換にあわなかったからだ。それを自身に言ったところ彼女はあっけらかんと言ったものだ。
『それならちゃんと、そういうのに則ってる。私にとってこの情報はそれだけの価値しかないのよ。』
こういう雑用が他の利用者にも使われているのか、それを確かめる術はロイにはないのでそれ以上は言うことがなかった。
聞きたい情報も得て時間は4時を周ってたためロイは自宅に帰ることにした。それを見送りはひとりごちる。
「時が来れば分かる。今はまだ、そのタイミングではないのよね。」
朝日が昇るのを見ながらは本日の睡眠に向かったのだった。
その日の午後ロイは東方司令部に出勤し、昨夜(未明)にから貰った情報と似たようなものを受け取った。
報告書はエルリック兄弟からのもの。故にコーネロが退却し再興の可能性あり、と記されたもののみ。奇跡の御業が賢者の石もどきであることもあったがそれだけだった。
の言った通りの部分しかない。報告書を持って固まったロイに、リザは訝しげに尋ねる。
「大佐?いかがなさいましたか?」
「中尉。至急、中央へ連絡してくれ。」
意味が分からないでもその指示通りに動く。
ロイは考える。の情報の真偽を。エルリック兄弟が虚偽をしているとは思わない。だが、今までの情報ではずれだったことはない。時間差があるだけだった。
だから、今回もそうなのかもしれない。だが、なぜだろう。あのときのはまるでそのことを予想していたかのように思えた。錬金術師は科学者だ。ゆえに非科学的なことは
大体において信じられない。だが、ロイには一度そういう体験があったのだった。
ふと、そのときのことに思いを馳せる。周囲は硝煙に満ち人の死が濃かった、あの時。
「大佐、ヒューズ中佐です。」
現実に戻したのはそんな中尉の声だった。
「ああ。」
電話を受け取り、ヒューズの娘自慢をなんとか乗り越えロイはコーネロのことの真偽の調査を頼む。そして、電話を切ろうとした瞬間ヒューズから嫌な情報を得てしまったのだった。
『あのハクロのおっさんがそっちにバカンスに行くらしいぞ。』
治安が悪いことも知っているだろうに、何事も起こらなければいいがそう危惧するロイだった。
が、数日後。ハクロの乗った列車はジャックされるのだった。
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