タイトル『ヒトとケモノの境』

ジープを運転するスカーの隣に私を介抱してくれたご老人。
後ろの席には、兄であるレオと鎧姿のアルフォンスと私。間に微妙な気まずい空気が流れている。主に、私とアルフォンスとスカーの間に。

『……行くのなら私も行こう。アルフォンス・エルリック。』

『え?』
『貴様は。…なぜここにいる。』
第5研究所で行動を共にした所為か、それとも東部での行動が不審すぎたのか、おそらく両方だろう、スカーは私を見て警戒を顕にした。
一方、アルフォンスの方は私が東部で会ったとは思っていないようだ。一応第5研究所の事は覚えているようだった。
『あなたは、この前の。』
どうやら、エドワードのほうに名前を名乗っていたのは聞こえなかったらしい。
よ。。久しぶりね、東部と研究所、そして、今度はここ。』
、さん?え?でも、姿が……』
『なぜ、貴様がここにいる。』
傷が見え隠れする右腕を構え、いつでもこちらに攻めることのできるようにスカーが一歩前に立ちはだかった。
『それは……さあ?なぜかしら?』
あくまではぐらかす。今はその時ではないから。もう少し、だけ。

『拾ったんじゃよ、お主と同じようにな。』

それから、何か聞きたそうにしていた二人を宥めたご老人が、皆でリックを助けに行く事を決めた。最初、アルフォンスはご老人やレオが来ることに反対していたが、
イシュヴァラの神の教えとかで結局この面子で行く事になった。
で、つい先程、レオが自身の母親の事を語り終えていたのだった。
戦時中、彼の母親は目が合ったのに子供を無視して別室に行ってしまった、と。



「あんなやつ、母親じゃない。あんな自分の子供を見捨てるような。」
スカーはこの言葉に何を考えているのか無表情で運転を進める。アルフォンスは言葉もないようだった。

「それは事実だけど、レオのほうから見た事実。母親にはその事実に裏付ける何かがあったんじゃないの?」
今まで黙っていた所為か突然のこの言葉にレオは、私のほうを睨みつけていた。
「あんたに何がわかるんだよ!!」
「さあ?私は当事者じゃあないから。
でも、それまで、優しかったんでしょ?その時なのでしょ?母であれ、父であれ、親が全員、自分の子供を想うなんてことはない。
私は知っているの。本当に子供を見捨てるのなら、最初から何か違和感があるものよ。
自分の欺瞞を押し隠すための、違和感であったり最初からなかったようにしたり、ね。」
「……さん?」
「それまで、そんなものを感じなかった。だから、悲しかったんじゃないの?裏切られたような気がしているんじゃないの?」
「違う、ちがう。ちがう。」
「……ま、そう思うならそれで、いいよ。いつか、本当のことが分かるかもしれないから。」



後で聞いた話である。そのときの私は、どこか遠くを見るようで寂しそうに項垂れているレオを見下ろしていたそうだ。




しばらく無言の時が続き、その沈黙を破ったのは意外にもアルフォンスであった。
「本当に、さんなんですね。」
「ええ。」
「先程のしゃべり方で、姿は違うけれど、そうなんだって思いました。」
「……そう。聞きたいことがあるんでしょ?」
「…どちらが本当なんですか?」
「違う。」
即答する。彼が今、一番気にしているのはそこではない。その質問も聞きたいのだろうが、
「順番が、違う。」
「……さんは、最初から僕を〈人〉として扱ってくれてましたよね?こんな曖昧な僕が本当に。
自分の記憶ですら、過去の記憶ですら、再構築されたかもしれない、〈僕〉をどうして〈人〉扱いしてくれたんですか?」



じっと、見つめるその瞳。否、そこに瞳はなく空白のなかに光が宿っているのみ。
揺れている、彼の魂の、光。

「それはね。あなたが、」


「そろそろ着くぞ。」

スカーの言葉で、私の言葉は先送りになった。しかし、目配せをして伝える。


【あとで、ね。】


戦闘も佳境に入った時、気配がした。懐かしいような気配。
(ああ、来る。エドワード・エルリック。)

レオとリック、ご老人の警護のほうへ回っていた私はその光景を見ていた。兄が口にする言葉も、聞こえていた。

「アル、俺、今まで怖くて聞けなかった。俺を


怨んでるか?お前がそんな身体になったのは、俺のせいだ!!」

「!!兄さん、僕に怖くて聞けなかったことってそのこと。」
アルフォンスの思惑とは違った問い。予想外であった、その問いに答えは容易に出る。予想外であった、ということは思いもしないこと、だから。
エドワードには、怖くて仕方のないことでもアルフォンスにはソレが全然ソウでない事のように、あるということ。
「兄さん、僕は、僕は、怨んでなんかいないよ。」


麗しいくらいの光景。
でも、

もし、

どちらかが欠けていればこんな風には


いかないのでしょうね。

そんなふうに冷めてみる自分に気付く。この二人を見ていることは、時々、とても苦痛に感じる。どこまでも、自己犠牲をしているものと知らぬままのもの。
思い出さない彼ら。
私と会っている事を。

思い出すときは、いつなのだろう。彼らのやり取りを見ていると、何かが私の横を掠めていった。目線で追うこともせずに反射的に手を出して、いた。
掴む感触。
何かに触れる感触。

「っつ!?」
「っリック!!」
衛兵の機械の破片がリックの胸に突き刺さる。咄嗟に出した手で受け止めていたため、私の手も切れる。結構深い傷。
「そんな!!リック!!」
駆け寄る者たち。
「大丈夫よ。」
ソレはリックの胸のペンダントによって阻まれていた。母親の形見によって。そして開かなかったペンダントの中からは目の薬。
母親の目が悪かったこと、内乱の時の誤解が解けた。それを尻目に私は、着ていた袖を破いて手を縛る。患部圧迫によって止血は完了している。
後は、手ぬぐいなり何なりで縛ればいいだけ。どうしてか、ああいう大団円のような雰囲気には馴染めない。
馴染みたくないのかもしれない。ああいう雰囲気、ああいう頼れる存在、私にはないもの。
欲しい、と思うことすらなくなった。羨望すらもない、あるのはただ嫌悪感のみ。
さん」
現実に戻したのはアルフォンスの声だった。ああ、さっきの続きを聞きたいのね。隣にいるエドワードのほうに目を向ける。
こちらのほうとは第5研究所で会っているから面識はある。ただ、私が“”であることに聊か驚きを示すのみであった。
「あの……」
「あなたは人間よ。姿かたちがヒトだからといって、そういう行いをするとは限らない。むしろ、鎧のみであるにも関わらず、狂気の沙汰でもない。
形だけの人間よりよっぽどそれらしいわ。」
「あんたが、だって?」
不審そうな顔を顕にこちらを向く。
「そう。こちらが本当の姿。これ、持っていて。必ず、手放さないでね。」
私の差し出したのを受け取ったのは、アルフォンスのほうだった。どうやら、兄よりも弟のほうに信用があるみたいね。
「これ、何ですか?」
渡したのは赤い結晶。クリスタルのように綺麗に加工されたそれ。
「賢者の石、ではないけれど。ま、お守りみたいなものよ。」
「そんな得体の知れないものなんか、いるかよ。」
「必要なのよ。絶対に、ね。」
真っ直ぐにその目を見据える。どちらも逸らさない。折れたのは、エドワードのほうだった。


兄弟の方は用事は済んだ。スカーとの対面も済んだ。
あとは、焔の方に拠るべきか否か。向わなくては、東部に。




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