タイトル『過去と無能と傷と』
からん、とガラスの中の氷が傾く。夜のバーは、賑やかというわけでもなくそれぞれが、各々楽しむために独自の楽しみを満喫している。そんな中、軍服を着たその場に相応しくない空気を纏った二人がカウンターに居た。
「で?大総統を連れて皆でこの東部に逃げてきた、というわけか。」
余裕そうな顔と予想済みであることを思わせる空気のロイは言う。
「ああ。そうだ、それにここにはお前が居る。
3年前、左遷させたやつらにはわかってるのさ、お前さんの実力がな。」
大総統一行の突然の東部訪問は通称傷の男“スカー”から逃げるためであった。国家錬金術師だけでも9人は殺されている。余談だがソレと同じ内容を話している者たちが居た。
今は内戦激しいリオールで。
「そうそう、お前さんの言っていたあのリオールだが。」
ちょうどもそのことを思い起こしていたときヒューズもその話をする。そこから、はロイがヒューズに例の話の確認調査を頼んでいたことが伺い知れた。
「エドの報告書には復興の余地あり、とあったが教主は健在。むしろ民衆を煽ってる。ま、それがエドの報告の教主と同じとは限らないんだが。」
そんな話をカウンターでしているのだから、もちろん聞かないわけがない。が。
(ま、微妙なところよね。この程度なら、謀反でも反逆でもない。そういう会話だしね。それに、この男は私が聞いていることを気付いているみたいだし。)
ガラスを磨きながら、ちらりと視線をロイに向ける。その瞬間、不図顔を上げたロイと目が合い、その直後彼が微笑したのをは確認する。
(嫌な男。…あら?血の臭い。来た、か。)
じりりりり、という電話の音。
「はいはい?ええ、いるわ。
あの、」
案の定、電話は軍からでヒューズに向けての連絡だった。はそのことをヒューズに伝えようとしたところ、
「いやあ、すまない。俺には妻とかわいい3歳になる娘がいて。」
相手はヒューズ。どんな場合も娘自慢を忘れない。
「いいや、電話だ。」
一言に下すと幾分しょんぼりして電話を受け取った。しょんぼりしたのは娘のことを聞いてもらえないからなのだろうが。
ヒューズはそこからながれてくる情報に彼はすぐさま表情を変える。電話を切るとくるりとロイのほうへ向き一言。
「駅周辺を警備していた兵士が殺された。」
「内側から破壊されて?」
「ああ。」
そうして、二人が出て行った後はカウンターに新聞を広げる。目は文字をなぞるが頭の裏側ではリオールをみながら。
(あの子達も、エルリック兄弟に目を付けた。そういえば色欲は言ってたね。
『人間はどうしようもなく愚か』か。
ホントウね。)
「そろそろ、店じまいかしらね。」
そう言っては椅子に座り目を閉じる。その中に流れてくる映像に身を任せる。
その間客は不自然なほど、そそくさと素早く店から出て行ったのだった。
(そろそろ、始まる。アイツにも連絡入れとこうかしらね。)
時刻はそろそろ明け方。その前に少し仮眠を取ろうと眠りにつく。それが彼女のとる最後の平穏な睡眠だった。
夢は映像として現れた。否、それは夢ではなくただ情報の欠片が断片的に断続的に流れていく。そこからは知る。ロイの気にしていた情報源は実はここからだった。
エルリック兄弟は東部の外れにあるマウロのところへ。ドクター・マルコーのところへ。
そこで発見する赤い水、連れ去られるマルコー。そこにスカーの登場。鉄血の錬金術師の死。マルコー、兄弟達と逃亡。
そのままこちらへ。その途中、地下での遭遇。豪腕は知る。スカーの素性。
(ああ、知ったのね。ロイの犯罪。殺した夫婦のことを。
これはいつの出来事?)
そこでふっと目が覚めた。
「今のはいつのこと?
ホントウに店じまいね。そろそろ行動し始めないと。」
は気だるげに体を起し、白い外套を被り外へと出て行った。
の店はいままでそこで活動があったのかと思われるほど朽ち果てていた。
は夢でみた地下道近くに行った。そこは簡単に見つかった。軍が周りを警備しており民間人の立ち入りを禁じていたからだ。白い外套に身を包んだままでは目立ちすぎる格好の。敢え無く地上から見るのは断念した。しかもそこには随分見知った顔があった。
その表情は驚きに満ちていた。ロイの隙間から見える男も口を読む。『イシュヴァール』と刻む男の唇。
(あの男は確か、『豪腕の錬金術師』、アレックス・ルイ・アームストロング。)
ふわりと、隠れていた路地裏からその建物の上に昇る。字の如く飛んで。
どんなに警備を固めても警戒しても元来人にとって頭上は絶対の死角。そのからは現場の全てが見渡せた。ただ、残念なことに今日は雨。降りしきる雨が視界を邪魔するのだが。
(あっちはどうなのかしらね。)
くるりと方向を変える。そのまま夢の見た場所を探り、エルリック兄弟のいる辺りとスカーのいる辺りの検討をつける。
「見つけた。どっちから行こう。」
少しの逡巡の後は建物の上を飛び移りながら場所を移動するのだった。
がそこへ到着したときちょうど彼も兵士に見つかっていた。そのまま、成り行きを見届けようとしたところへロイが到着し、一戦交えようかというその瞬間。
彼の忠実な部下が足蹴りをかまし、
「雨の日は無能なんですからさがっていてください。」
言うやいなや、二丁拳銃でスカーに攻撃する。
「あらら、これは名言ね〜。」
はどこまでも高見の見物と決め込んでいるらしい。追い詰められるスカー。背後には建物。幸か不幸かその建物はのいる建物でもあった。
因みには隠れもせずに建物の屋上から頭をひょっこりと出して覗き込んでいる形であった。もし、天気がよければちょうどスカーのところに影が落ちているだろう。
つまり、それほど大きく身を乗り出しているというわけで雨の日でもそれに気づくものはいるかもしれない。それが彼。名もわからない、一平卒の彼はちょうどスカーを囲んでいる列の2番目だった。不意に頭を上げたのだった。そして、叫ぶ。
「!?た、大佐!あんなところに少女が!」
「な!?!!」
一斉に皆がそちらを向いたため僅かに隙ができる。その隙を見逃さないスカーではない。破壊の右手を建物に当てそのまま銃弾をかわしつつ登る。
「なんだ、貴様は。」
「さあ?
そうそう、エルリック兄弟たちはあっちにいるよ。マルコーもね。」
不審に思いながらもスカーは問いただすことはしなかった。追手も多いし時間もなかった。そのままの指す方向へ行ったのだった。もちろんスカー自身がを信用していたわけではない。単に逃げ道がそちらにしかなかったのだ。
「あ〜あ、接点できちゃった。ま、いっか。ん?」
下のほうからを呼ぶ声がする。
覗いてみるとロイが叫んでいた。
「!!早くそこから離れるんだ!この建物は倒壊するぞ!!」
確かに耳を澄まさなくても聞こえてくる不吉な音。しかし、のいるところは屋上。
「ねえ、ロイ?どうやって逃げろっていうの?」
落ち着き払った声で尋ねる。まあ、それもそうだろう。彼女には倒壊するまえにどこかへ飛び移ることが可能なのだから。
「!!?それは、だな……」
言葉を詰まらせ、考えあぐねている様子のロイ。その様子が面白く、おもわず笑ってしまう。
「ふふ。ま、いいか。
ねえ、ロイ。こう両手を広げておいて頂戴。」
「は?」
言われていることの意味がわからずに問い返そうとして再び見たとき、は宙に舞っていた。
「な!!!」
屋上から飛び、一路ロイのほうを目指す。咄嗟に受け止める体制と衝撃にそなえた。
「!!!??」
「大佐!!」
結果。
「ふう、ロイ。もうちょっと肉つけないとクッションには程遠いよ。」
見事にロイの上に座り込んでいるがいたとか。
「雨の日にもこういう意味では役に立つから良いんじゃないの?」
そうして、パンパンと砂埃を払いまわりのものたちにスカーの行った方向を告げるとはその場から立ち去った。
「大佐?大丈夫っすか?」
いつまでも起き上がってこないロイに声をかけるハボック。
「あ、ああ。」
一応、起き上がりはするがどこか心あらずなロイに周りは不思議がっていた。
(なんでこんなに衝撃が少ないんだ?)
普通、あの位置から飛び降りた人間を受け止めるときに掛かる衝撃で、肋骨くらいは折れるだろう。だが、ロイにはそんな衝撃はなかったのだった。
そうこう考えているとスカーの目撃情報が入り、その余裕もなくなった。
ただ、頭の隅に
(次にあったときに聞いてみる必要があるな)
と思うのだった。
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