タイトル『傷と女と忠告』

「俺も兄だ。弟には手を出すな。」
がたどり着いた時、アルフォンスの鎧はほぼ半身が破壊され、エドワードの右手も崩されていた。
そうして、持ち出すのは“等価交換”という言葉の取り引き。
「何言ってるんだよ!兄さん!そんなの等価交換じゃないよ!
言ってたじゃないか、復讐なんてそんなの“等価交換”とは違うって!」
動けぬアルフォンスを尻目に、スカーは視線をエドワードに戻す。そして、その右手を俯いて逃げようとしないエドワードの頭にやる。
どうしても、動こうとしないエドワードにアルフォンスは力の限り叫ぶ。魂のみの彼にできる最大限のことを。
「逃げて、兄さん!
何やってるんだよ!立って、立って逃げるんだ!逃げて!!」

そこまで見届けて、は上からふわりと落ちてくる。そして、エドワードとスカーの間に立つ。
スカーの右手をしっかりと掴んで。
「駄目よ。この子達は殺させない。
殺されたら困るのよ。私が。」

「貴様、先程の。何者だ。……っ!?」
掴まれた右手を解放しようと試みるが、一体どこにこのような力があるのだろうか。
まったく動かなかった。一見、全く力を入れていないように見えるというのに。
「そんなの、あなたに言う必要なんてない。ただ、私のために殺されては困るのよ。」
ぐっと力を篭めて手を振り切ろうとするスカー。その様子を、いささか余裕そうに見下ろしているが不意に手前に引っ張る。
そのため、スカーの姿勢が崩れ足をよろめかせながら数歩、に近づく。その耳元では囁く。
「兄の右腕、大事になさいね。」
「っな、んだと?」
そのとき二人の目線はしっかりと合った。一瞬のことではあったが、それは確かだった。
その証拠にふわりと、妖艶に、だが、儚さも帯びたようにはスカーに微笑みかけた。

一瞬。
その一瞬に眼を離すことができなかったのはスカーであった。
先に視線を逸らしたのはのほうでちらりとどこかに合図を向けるようであった。合図、を向ける相手が一体どこに居る?
鎧の弟の場所とは少し違う…


「う!?っぐあ!」
途端にスカーの右手に得もいわれぬ激痛が走った。スカーに異変が見られたと同時にはスカーの手を解放し、エドワードの前に立つ。
まるでソレは、エドワードの盾になっているかのように。
「な!?マルコーさん?あんた、まだ逃げてなかったのか!!」
異変の原因は、マルコーの持っている賢者の石もどき。それと、スカーの右手の文様が共鳴しているかのように光り輝いていた。
「昔、イシュヴァールの文献でその文様を見た。それは……」
「っく!言うな!!」

そのまま、マルコーの投げた石はどういったわけかスカーの右手の中に吸い込まれていくように入っていった。
そうとうな激痛なのだろう。ふらふらとしながら、路地裏から道路のほうへ向かうスカー。
はスカーから、エドワードの身を庇うように立ちはだかっている。

「来た。」
小さく呟いた声は、その時エドワードしか聞こえていなかった。
「え?」
「来る。」

タァアン、と乾いたような音が響く。
「くっ。」
道路に出たスカーを、取り巻くのは軍。その真ん中には、先程“無能”扱いされたロイ・マスタングがいた。
「そこまでだ、スカー。…ん?。」
ロイはここに来て、この情報屋の不信感が高まった。
いつでも、どこか遠くをみているようで

誰よりも何よりも、先を見通している。

予知、という言葉がでてくるほどの。

は先程、ロイたちと別れてから彼らが、目標の場所を知るよりも前に移動していた。これが指すことは一体何を示すのか。



一方、は今までにないロイの声音にフッと苦笑した笑みを浮かべるだけだった。
ロイの声音には確かに浮かんでいた。

疑念

疑惑。

それも致し方ないことだとはそう思わずにいられなかった。
(我ながら怪しすぎるからね。)


二人の視線がかち合った、その隙をスカーは逃さなかった。未だ激痛の残る右腕をおもむろに地面に向けて下水に逃げ込んだのだった。



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「追うなよ。」
「追いませんって。」
一応、ハボックに釘を刺しているロイ。スカーの危険性を考慮し、尚且つここで部下を失うことのないよう手配をしている。そこへ、
「終わったか?」
ひょうひょうと今頃になって現れたのはヒューズだった。
「お前、少しは手伝ったらどうだ?」
「馬鹿言え、俺をお前達みたいな万国吃驚ショーの連中と一緒にするんじゃねえよ。で、あいつらは?」
「ああ。」
二人は視線を、エルリック兄弟のほうへ向ける。
降りしきる雨の中俯く二人。先程までかろうじてついていたアルフォンスの右腕は今はもうない。
「魂の練成とは、聞いたことありませんぞ。」
対スカー戦で負傷したアームストロングが事実に驚嘆しながら尋ねる。
「ああ、だからこそあの二人の絆はだれよりも深い。」
束の間、ロイは回想する。

『勝手に死ぬなんて許さない!生きて生きて生き抜いて、もっと錬金術を磨いてニーナみたいなことが無いように!
勝手に死ぬなんて、許さない!!』

滅多に激昂しない弟の叫び声。その周りには、ホークアイが人払いをしたために極限られた人数しかいない。
アルフォンスの体には、白い外套が掛けられていた。その外套の持ち主は、じっとマルコーのほうを見つめていた。
そして、その風景を見守っていたのは、ロイとヒューズ、アームストロングだった。
「何者だ?あの娘。
どうも、バーの店主ってだけでも情報屋ってだけでもなさそうだな。」
「ああ。調べてくれ。」
「味方なのでしょうか?」
「さあ、どうだろうな。っと中尉?」
小走りで近づいてくるホークアイの姿。ソレと同時にピクリと何かに反応する
「…」
「大佐、大総統秘書官が。」
内容は、マルコーの身を大総統府が預かるということだった。如何にロイといえども“大佐”という地位は“大総統”というものには適うはずもなく、
マルコー自身も自らそちらへ行くことを望んだ。
それを受け入れられないのはエドワードであった。

「待ってくれ、マルコーさん!」
「私は、君達の故郷へは行けない。



殺した医者夫婦の名前は“ロックベル”と言った。」
「!?」
エドワードは驚愕と、すべてのピースが埋まり何も言えないようであり、ロイはその名に僅かに反応するだけだった。
「行きましょう。」
大総統秘書官の言葉とともにマルコーは車に乗り込む。


その声を聞き、アルフォンスは一言漏らす。自らの聞いたことがまるで夢のように。
「兄さん、母さんの声がする。」
「ばっか、お前いくら死にかけたからってそんなわけないだろう。」
マルコーの言葉から知った事実にエドワードは気もそぞろで弟に答えたのだった。

一連の様子をは眺めていた。ただ、傍観していた。
(アルフォンスの言葉はある意味で真実。けれども、エドワードは事実で手一杯、か)
はおもむろに視線を変える。先程から向けられる方向へ、



ロイのほうへ。

「何か、聞きたそうね。ロイ。」
「…ああ、今日一日で君には驚かされっぱなしだ。そろそろタネを教えてもらおうか?」
「さぁて、どうしようかしらね。」
一言一言、発しながらはロイに近づいていく。大穴を回り込み、ソレを背後にロイと向き合う近さまで。
「何か知りたいの?

でも、もう駄目よ。情報屋は廃業。本業に戻るから。」
「ほう、その本業とやらに私は、頗る興味があるのだが、ね。」
「…それなら、私と契約が必要なの。あなたでは、無理よ。私は今契約を続行中だから。

だから、ここでサヨナラよ。
もしかしたら、また会えるかもしれない。」
は言いながら人差し指を立て、自分の口元からロイの口元へと行き来させる。まるで、秘密の共有のように。
儀式のように。
「そうそう、マース・ヒューズ。
近づきすぎは危険よ。


じゃあね、ロイ・マスタング。」
一端、視線をヒューズのほうへ向けたかと思うとすぐにロイへ戻す。
は眼を閉じる。

は眼を開ける。
普通の瞬きを繰り返しながらそれを間近で見ていたロイは、その瞳から視線を離せなかった。
それは瞬きをしながら少しずつ、確実にの瞳の色が変わっていった。
漆黒から深緑へ。

「また、会えるかもね。」
最後にそう言って、は背後の大穴へ身を落としていった。


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