タイトル『聖母の名を冠した母』
「てめぇの記憶が作り物じゃねえってどうやったら分かるんだ?
その兄とやらに作られたんだよ!」
通り過ぎるはずだった。入り口でなんて、止まるつもりはなかった。でも、耳障りな声と癇に障る内容。
目線を、注意を向けるには十分だった。対峙しているのはとてもよく似た二人組み。
アルフォンス・エルリックと、確かナンバー66。共に体を失い魂のみの体となった者たち。研究所の中へ
意識を向けると、兄のほうもどうやら戦闘が佳境に入っているらしい。それに気になるのはもう一人。
何かが動いている気配、封じられている気配。
一度、確かに見ていたと思う。
視線を戻すと、アルフォンスはナンバー66の言葉に思い当たるところがあるのだろう、呆然としていた。
後ろ髪を引かれるところもあったが、今は封印が解けかけているほうを優先しよう。どうか、彼が気付いてくれるようにと、
一筋の希望を託して。
「あ〜らら、派手にやったね。」
建物の中に入ると最初の内は薄暗いだけだったのが罠の後、悲惨になった通路、穴の開いた床などの数が多くなった。
さすがは“破壊魔”の称号を持つ最年少錬金術師。こういうところは、ホーエンハイムとは全く違う。
顔や髪の色とかは似ているというのに。
ふと、自分があの親子を比べて見ているのに不思議な感じがした。あいつの体が本物というわけでもないのに。
耳に自分のいるところより少し先の音が聞こえた。
舌足らずな声が。暴食の名を冠するものの。
『あそこ、きらい。』
気配も遠ざかっているのがわかり、逆に言えばその場所をこちらから逆探知することも出来る。
「こっち、ね。」
一際大きな穴の開いた、それ以外にはどこにも出入り口のない密閉された空間にたどり着いた。
そこにはドアも、溶接した後もなく中を覗けば、赤い何かしらの紋様が光り浮き出ていた。
視線を移せばそこには封印になる“元”が一つ。劣化することもなくただぽつんとそこにあった。
考えてみればおかしなものだ。他の何ものにも勝るものが、勝るものを持っているものが、誰にも拘束力を持たないものによって
縛られている。
強欲の名を冠するもの、それゆえに捨てられたもの。
「聞こえてる?」
ねえ、と声かけながら彼の髪に触れる。意外に柔らかい。髪に触れていた手をそのまま耳の裏をなぞり目に触れる。
反応のない体。
「聞こえてるでしょ。何よりも私の声なんだもの。あなた達を通したのは私だもの。」
うっすらと開けられる目。
目を開けることすら数百年ぶりの彼にとって、視点を合わせるのにも少し時間を要しているようだ。
「私が、あなたを扉から通したの。あの、セフィロトの樹の門から。私が通さなかったらここに、
この世界にあなた達はいない。言うなれば私は、母みたいなもの。」
「……」
「そろそろ、起きましょうか。」
問いかけではない。確認。我ながら卑怯だと思う。逆らえないことも、こうすれば彼に何が起こるかも予想はついているのに、
何よりもアイツの望むようにしたい自分がいる。アイツ……ホーエンハイム?
でも、多分あいつは私が何をしても何も言わない。何も期待していない。ただ、存在を望むだけ。
だからこそ、これほども長い間、契約が続行なんだろうけれど。
「お、れは……強欲だ。てめぇの言いなりにはならねえよ。」
「別にここから出た後、あなたがどうしようとも私には関係ないわ。
でも、ここを出るかどうか、それは今、私にしかできない。」
「はっ!」
彼がどういう選択をしようとも、私のとるべき行動は決っているんだけれどもね。
「いいぜ、どうせ出してくれるんだあ。女ぁ、ここから出せ。」
封印を解くのは簡単だもの。“元”を元に戻す。それが出来る、私には。
“時間”の間にいるのだから。
「随分、手ひどくヤラレタのね。スカー。」
部屋を出ようとするとそこには先程別れたスカーがいた。傷だらけで、それでも何かに向かっている様は以前の
彼を思い出させる。あの時ほど、傷はないけれど。あの時も今も、手を貸すつもりなんてなかった。
そう、なかったのに、
ただ、気に掛かった。それだけ。生きようともがく、その姿に。
「何の真似だ。女。」
肩を担ぎ、歩かせる。
「ただの、気まぐれよ。見たいんでしょう?知りたいんでしょう?私もよ。
利害が一致しているならいいじゃない。一緒に進むのも。」
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「アル、お前の命、意味がなくなんてないよな。」
切実なる質問。だが、答えなど期待していない。その呟きが、耳に届いた。
「どうした?」
急に立ち止まった私に不審を感じたスカーが問いかける。
「意味のある命なんてあるのかしらね、と思って。」
「……」
「弟は自己の記憶を疑っているし、兄は壊れかけているし、両者は共に子供なのよ。
子供、なのにね。……!?」
感じる衝撃波。伝わるのは地面から、爆発音。
「なんだ!?」
「紅蓮の錬金術師の爆発。近いね。」
進むと、光が見えるところがあった。声はそこから聞こえてくる。
自分の中のイメージと現実が重なる。
「そんな形だけ取り戻したって、それはニーナじゃない。魂はない!」
「それならここにあるさ。」
そう言って頭を指す、半人半獣。
「記憶を植えつける。」
「何だ?一体。」
「あなたが数年前殺した、少女と動物の合成獣。その親よ。」
「そうか。」
ただ無感動に頷く、スカー。どうやら現状は理解したようだ。
理解したくないのは、目の前の兄。自分が、自分達が苦労してここまで来たことが誰かの手によって決められたものだと
信じたくない。信じてしまえば、認めてしまえば、立ち直れないほど。
「人造人間たちは錬金術を使えない?」
「そうよ。私が使えないのと同じにね。」
スカーの視線を感じた。おそらく、この男も少なからず私のことに気付いているのかもしれない。明確ではないでしょうけれど。
「やめてよ、兄さん!!」
「鋼の錬金術師、やはり神の元へ送っておくべきだったか。」
叫ぶ、アルフォンスの声、震える手で練成を行おうとする、エドワード。それを見て眉間にしわを寄せて呟くスカー。
それを見届ける、私。なぜか、信用していた。彼が、練成しないと。アイツの息子というのもあるが、あの子らに人の
命は背負えないという確信があった。なまじ、背負ったものたちを見ていたからかもしれない。
(ねえ?ロイ・マスタング?だから、)
「大丈夫。あの子達はしない。」
「何?」
「ほら。」
指差すそこには苦痛に満ちた、その顔で俯くエドワード。
「アル、ごめん。」
その言葉を聞き立ち上がる男。
再び、衝撃波。
「鋼の錬金術師、兄は弟を守るものだろう。行け。」
「スカー。と……お前は!?」
「よ。。エドワード・エルリック。
じゃあ、ここでお別れね。バイバイ。スカー。」
ちょうど良くスカーが穴を開けてくれたのでそこから階下へ飛び降りる。そして、一応初のご対面。
一歩進むごとに下にある液体が音を立てる。
「早く行きなさい。」
呆然としているエドワードを促す。目線は人造人間から逸らさずに。
「何?あなた。」
「ラスト、食べてい〜い?」
「…………うそ、だろ。」
「嫉妬の彼は、分かるみたいね。あなた達が私に触れられるの?
あなた達に彼らは殺させない。
もう、何ものも犠牲になんてさせない。
私はもう、逃げない。終わらせる。今、このときなら誰もが揃っている。」
「なんで、お前が!あいつの血縁に!なんで
あいつの!!」
エンヴィーが叫ぶ。この言葉の意味が判るものは今ここには彼しかいない。だからこそ、きっと彼女にも伝わる、ハズ。
そこまで考えてどこからか、高エネルギーが空気を伝わってきた。
(!?そうか、不完全でもこれは賢者の石。これだけの量に浸されれば。)
「本人の意思に関係なく力は増幅する。」
さて、どうしたものかと、思案しているとそこにタイミングよくアームストロング少佐、ロス少尉らが入ってきた。
「エドワードさん!!」
そうね、彼女に頑張ってもらおうかな。
「助けたい?」
「え?」
とにかく、ロス少尉のところへ移動して語りかける。その際ブロッシュ軍曹が銃を構えるのが見えた。
「助けたい?」
「…助けたい。」
その言葉に、何の見返りも含まれていないのが分かった。自分がそういうのがほとんどないからこそ、分かる、伝わってくる
真摯な願い。
「いいわ、手伝ってあげる。」
そのとき、久しぶりに、ホーエンハイム以外に微笑むことが出来た。
「進んで、抱き留めてあげて。それだけよ。」
(あなたの受ける害は私が引き受ける。)
一歩ずつ進む彼女、その身の受ける衝撃が私の身に移る。
「っつ。」
「おかあさん。」
最後にその声が聞こえた。衝撃がなくなったと思えば、ロス少尉がエドワードを抱いているのが目に入った。
母親っていうのは、ああいった感じなのだろうか?だれかに抱きしめられるってどういうことなんだろう?
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