タイトル『紅玉の涙第二章3』

「あらあ、風漢様。連日のご来店、ありがとう存じます。」
 その夜、風漢―尚隆は昨夜と同様にのいる妓楼を訪れた。一つの店に長く通うことはできない、その思いとへの興味・関心とが
尚隆の足を向かわせるに至った。
「よお、女将。相変わらずの繁盛のようだな。」
店に入ると、その景気の良さも伝わってくる。仕事を終えた男たちは思い思いの女を選び部屋へ向かう。その様子に男ももちろんだが、女の方も
嫌がっている雰囲気も悲壮感も漂ってはいない。ここが、蓬莱との確実な違いであった。尚隆がまだ、蓬莱にいたころの妓楼…というものはなかったが
飯盛り女という遊女がいた。彼女たちは生きるためにその仕事を選ばざるを得なかった。あちらでは、行為に及ぶと子供ができていた。
そのため、金銭のために己のそれを売ることは嫌悪、悲壮、負のものをまとわせることが多かった。
だが、こちらではそれもない。大きな理由は子は木になるからだろう。ゆえに、その行為自体には蓬莱ほど性的な嫌悪というものはないのかもしれない。それにこちらでは単に行為を及ぶだけだ妓楼ではない。酌だけのときもある。(少なくとも尚隆にはそういう時があった。)
「女将、はいるか?」
昨夜と同様、に相手をしてもらおうと思い尋ねる尚隆。もちろん、伽を頼む気はない。ここは妓楼。女を相手にするところである。が女であることはこの店のものは知らないのだから。
確認したいこともあった。今朝方、残していった言葉をおそらくは聞いているはず。その反応も直に見てみたい。その様子如何によっては……
まあ、無理強いはよくないな。と内心ほくそ笑みながら女将の返答を待つ。
「あの、非常に残念なことですが、は今日、店を辞めてしまって…。」
「なに?」
「申し訳ございません。ですが、以外にもお相手によろしい娘はおりますので」
女将の顔に浮かぶ苦渋。そこから察するに女将はに辞めて欲しくなかったのだろう。
がこの店に長くはいない、ということは確信していた。どんなに男装をしていても所詮は女。いずればれる。それが今までなかったということは、
あの娘が今までどこにも、居つかなかったことを示す。
気になった。辞めた理由が。そのなかに、自身が含まれている、否、影響しているのかと思った。何せ、昨日の今日だ。
「そうだな、では女将、推薦の娘にしようか。」
「まあ、ありがとう御座います。皐繻(コウシュ)」
皐繻、と呼ばれた女は妓女らしいしなを作って尚隆に寄り添ってくる。
「どうぞ、よしなに。」
微笑む姿、着ているものからこの娘がかなり上級であることがうかがわれた。部屋へ行くときには下男を引き連れていた。その下男が尚隆のほうを見て何やら嫌な笑いを
浮かべていた。その笑いは尚隆と皐繻にも絡まってきた。皐繻も気づいているのだろう、部屋へたどりついた時には、振り向きざま下男を睨んでいた。
「どうも、俺は印象が悪いらしいな。」
「いいえ、そのようなことは御座いませんわ。風漢様にご指名されることは、私誇りに思いますもの。」
「ほう、先程の下男は何やら含みを持ってみていたがな。」
差し出された酒を煽りつつ、尚隆は皐繻をみやる。
さすがに仕事と割り切っているのか、
「妓楼で男を指名したのだからな。」
このことを話題にだしても、まるで顔色が変わらなかった。

尚隆には知る必要があった。の辞めた理由を。
自分の行いが関係しているのか、そうでないのか。が長くはここに勤めないことは確信していた。だからこそ、今夜来たのだった。それなのに、もう辞めた、という。
ならば、こんな辞め方はしないのではないか。辞めるのならばひっそりと印象も痕跡もできる限り消していきそうな気が尚隆にはするのだった。
「でも、今夜のお相手は私、ですもの。」
酒を注ぐ女。その行為に慣れている。ふと、昨夜のを思い出す。注ぐのに最初は慣れていないせいか、ぎごちなかった。それとも、尚隆に対する警戒を解かなかったせいか。
いずれにしても、どこか興味をそそられた。
皐繻と先ほどの下男は、少しは顔見知りのようだった。
注がれた酒を口に含み、やおら皐繻に飲ませる。口伝えに注がれた酒は嚥下しきれない分は口の端から女の白い首に伝って流れていった。
微動だにしない女。そうして、上目遣いに見上げる。
自分なりの魅せ方を十分に知った女の行動。思わず、尚隆の口から苦笑が漏れる。
そして、臥牀に女を組み敷く。両手首を拘束するのを忘れずに。
がなぜ辞めたかを知っているな。」
「なっ。」
妓女にとってこれほどの辱めはない。店に来る男は様々で、慰めのものもいる。自身を別の女のかわりにされたこともある。だが、よりにもよって押し倒しておきながら、
男のことを気にかけるとは。あまりのことに顔を赤らめる皐繻。
「知りません。それよりも、もっと楽しみませんか?」
「…知っているかどうかはこれから聞くさ。口を割らせる方法などいくらでもある。」


**************

が例の妓楼を辞めてから数日後。今日も、古書店で働いていた。最近のこの店での珍事。専門の客がいることだ。それも年端もいかない、少年。
名を六太と言った。初めのうちはも仕事中ということもあり六太の相手はしなかった。だが、どういうわけかどんなにすげなくしても六太はやってくる。
最初に六太の訪問に慣れてしまったのは店主である老爺であった。店主が慣れてしまえば、に嫌がる理由もないのだった。
が六太にすげなくしていたのも、彼自身を嫌うどうこう以前にこの店主に迷惑が掛かるかも知れぬという危惧からだったのだから。

!!」
通りの向こうから今日も頭に布を巻いている六太が向かってくる。最近はの休憩時間ごろにくるので、六太がきてからの休憩が多くなった。
は手に持っていた書籍を棚にもどし、休憩を告げたのだった。

は役人になりたいのか〜?」
「?なんで?」
「いや、いっつも、何かを読んでるから。」
六太が訪ねるときにはいつでも書籍を片手に持っている。六太が老爺に聞いてみると六太が来ないときでも大抵は読んでいるそうだ。
「別に、役人になりたいわけじゃない。」
「ふ〜ん。勉強するだけなのか?」
「勉強、しているわけじゃない。」
と会話していてわかったことが六太にはあった。
は決して多くを語らない。かといって特別無愛想なわけでもなく、聞けば答えてくれる。ただ、それが端的であるだけであった。ちなみに初対面で聞いたの性別云々に関しては未だ、
回答を得てはいないのだが。
「じゃ、何で読んでるんだ?」
「………調べ物。」
「ふ〜ん。」
は聞かれたくないことに関しては特に素直だと六太は感じている。
「六太は、何で布、巻いている。」
「え〜っと、あはは。」
まさか、麒麟だとばれないようにするため、とは言えない。
「その~、長いからな。動きにくいというかなんというか、え〜っと。」
「そうか。」
「っと、そろそろ行かなきゃな。」
さすがに先ほどの答えが十分でないことはわかっていたのか、六太は唐突に立ち上がる。
「行くのか。」
「うん!アノ馬鹿探さなきゃなんないんだよ。」
関弓に降りてきたのは実は、主上である、尚隆を探すという目的もあったのだが、本当はもっと後でもいい。
あては十分にあるからだ。が、先ほどのことを突っ込まれて聞かれると少々不具合が生じるかもしれないのだった。
ここは、それを理由に使わせてもらおう、と思い至ったのだった。
「六太。」
「ん?」
いつもは見送るだけで引き止めない。それなのに今回に限り声をかけられたので不思議に思った六太。
「これを、預かっていてくれ。」
そうして、手渡されたのは紅い、雫のような形をした玉。
「??なんで?」
「…、次に会ったときにいう。だから次まで預かっていてくれ。」
何か言いたそうなではあったが、見たところまだ何も言うまい。また玉自体も小さいが特に何の変哲のないもの。
「わかった。じゃあな。」

そうして走り去っていく、六太をは束の間観続けていた。


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