タイトル『紅玉の涙第二章4』

緑の柱が並ぶ街。関弓の中のとある一郭。そこを一心不乱にはしる少年が一人。頭に群青の布を巻き主の元へ。
その少年は迷いなく走っている。どこにいるかが、どこへ向かばよいのか、分かっているかのように。
否、少年にはわかっている。直感とでも言うべき彼の持つ感覚。主の放つ気――王気を。王気を感じることのできる存在。
麒麟―、六太はと別れた後に主―尚隆の放つ気を辿って走り続ける。
漸く一軒の妓楼に辿りついた六太はかるくため息を漏らす。
(まぁた、新しい所見つけやがって。)
中から漂ってくる香気は常人のものでは微かに香る程度のもの。それは昼ゆえに。これが夜になればその独特な香りはそこかしこに漂う。
けれども、さすがは神獣?わずかな香気もはっきりと識別することができる。
ずんずんと進む六太。とある一室へと向かって。

「やああっと見つけた、探したんだぞ。」
疲れたということを態度、声に隠しもせず部屋に入る。そこには、酒盃を傾ける尚隆が居た。
「そのわりには、迷いなくこちらに向かってきたようだがな。」
不敵な笑いを浮かべながら六太に視線をむける。
「どっかの馬鹿の気配がそこかしこに漂ってるんだよ。はっきりと識別できるほどにな。」
「くくっ。“馬鹿”とはお前のことだろう?そういう字をくれてやったろう。」
麒麟に“馬鹿”という字をつける王はきっとこの延王のみだろう。たしかに麒麟とは馬と鹿の中間のような姿とは言われているが。
その上妓楼に遊びに行く、という趣味を持っているのもこの奇特な王のみかもしれない。今のところは。だが、そのおかげで他の官吏たちにも
尚隆がどこに居るかは簡単に想像がつく、という利点もあるのだが。しかし、ここまで尚隆を呼びに来る、というのも最近は滅多にない。
だから、呼びに来るときにはあくまでも緊急事態か、それに準ずる時。
「で?ここまで来たんだ。何か用件があるのだろう?」
「ああ、朱衡が呼んでる。なんか書庫から紛失物だってさ。」


**************

数日後、は書架を回っていた。
ここ数日、六太は姿を見せない。それと共に、なぜかこの店に入ってくる品物の種類が少しばかり変わってきた。
最初は、古い書物だった。が、その装丁は質素なように見えても贅をあしらわれたもの。中を見て、は疑問に思った。
その中は歴代の延王の名と麒麟の字、また各王の初勅が記されたものであった。市井のものがそれを書き残した、と考えても良かったがそれにしては精巧な記録であった。
一番最近の王、つまり現王のことも読もうとしたとき店主から声がかかって中断してしまったのだった。
そのあとにも、ごく少量であるがそういう本は流れてきた。
そう、流れてきたのだ。つまり、店主にもその本の大本はわからない。危ないのでは?と考えるのはだった。
この店主、困ったことに大の読書虫。そう、虫。文字とあらば何でも読む。そして、いわく有りげなものでも引き取る。老爺曰く
「どんな本でも、無価値なものはない」
らしい。どんなに俗なものでも、それは書いた本人がそうであって、書かれた本はそれを伴わない。
らしい。これも、かの爺の言葉である。
そして、を雇うときもただ一つ聞いただけだった。

本は好きか、否か

や、今日も新しいのを仕入れて来たぞい」
そう言い、爺は荷車から汗を流しつつ満足そうにに報告する。
「……年寄りが、」
呆れたような感じを醸し出すのも無理はない。
爺の引っ張ってきた荷車は、所狭しと積み重ねられた本でいっぱいだったからだ。
「ふょふょう〜、いいんじゃよ。読みたいものは読む。書きたいものは書くんじゃ。」
この爺の特徴はもう一つあってこの笑い声であった。これを聞くたび、は(隙間風みたい)と思うのだった。
「それに、今日は加勢してくれたものもおったしのお〜」
まあ、確かに老人が汗水流して荷車を押せばそういう者もいるだろう。
それにしても、とは老人をみてつくづく思う。
(夜には腰痛で苦しむくせに、嬉しそうに)
どこか、微笑ましく老人を見遣っていると視界の端で何かが蠢いた。人、であることは間違いなく、それならば荷運びを手伝ってくれたものだろう。
そう検討をつけてその者を見た途端、は固まった。
「じいさん、嬉しいのはわかるが年を考えて荷物乗せねえと、本に埋もれるぞ」
「ふょふょう〜いいんじゃよ。本望じゃ〜て。」
「よう、。」
漆黒の髪、翡翠の目、青い布をまとい腰に太刀を佩いた男。
先日、妓楼で無体を強いられそうになった。
を女と見抜いた男。
「……しょうりゅう。」



尚隆はの作業を見ていた。老爺の淹れてくれた茶を飲みながら。
はというとその視線を完全に無視しながらの作業を続けていた。その作業とは、爺の仕入れてきた書籍の分類。今回も何の関連性もなく仕入れてきていた。
例えば、朱旋たちの小説を書き留めていたものがあれば、次にみた書籍は慶国の噂集、かと思えば雁国での治水の報告書。
いったい、どのような基準でそれらを選んでいるか不思議なことである。
とにかく、読み物系、小学でも使えるようなもの、と大雑把に分けていく。
すると、今までよどみなく動いていたの手が止まった。
それに目を留めた尚隆は
「どうした?」
と、の持つものに目を向け思わず顰めた。

その書籍相当の年代ものらしく紙のものではなかった。
 竹のような薄く細長く切った板に穴を開け、そこに糸を通したものであった。それは、すだれのようでそして紐で巻かれてあった。中身を見てみれば


『雁国鳴蝕年代史』




このようなもの一般の市場で出回るようなものではなかった。この管轄はもっと上の官吏の範囲。
まして、この年代ものの概観からして王宮での管理でもしていないとこうも保存状態良く保てているわけもなかった。
「ほおお〜、珍しいな。こんなものがここにあるものなのか?」
尚隆はのもっているそれに手を伸ばそうとした。が、
「触るな。」
あっけなくもかわされた。
最初、尚隆は自分が持ったらこれが壊れるからそういったのかと思った。だが、それにしては違和感があった。
の硬い声に、思わず視線をそちらに移すとの顔はこわばっている、それどころか、顔色も青白く持つ手も震えていた。
そして、からからと読み、ある一点に目を見開きついには手に持っていたものを落としたのだった。

「おいおい、どうした?」
その落としたものを拾い、何事もないかのようにいつもの通り飄々として話しかける。
「………この年、今から何年前かわかる?」
震えている声。
泣きそうな、


崩れそうな。


女の声。
いつもの意図的な硬い声などではなく。



の言う年をみてみればまだ、尚隆が登極するよりもはるか昔。
今から、

「だいだい300年前くらいだな」


その答えを聞きは壊れた、









かのように見えた。



「は、はははははっ300年前っ!、私はやっぱり化け物だよ。ヒトじゃないよ。これじゃあ泰王も私を閉じ込めるわっ!ははははははっ」


そして、傀儡の糸が切れたかのように、前のめりに倒れる


暗転。









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