タイトル『紅玉の涙第三章2』

女怪から陸地に下ろしてもらうとき妙なことをは聞いた。後にこのことについて、調べようなどとははそのとき考えもしなかった。
『私の仙籍は剥奪されているの?』
『あなたは、もともと仙籍を賜ってはいません。』

言われてみればそうかもしれない。そのような手続きをした覚えはなかった。それに、泰王がに傷をつけるときも冬器などではなく、普通の小刀だった。
だが、の記憶が確かならば、は王宮に50年はいた。
これは正確にはわからない。そもそも、自身、生まれてからの年月を数えてはいなかった。生まれた場所のことも考えたこともなかった。
もちろん父母というものも。を育てたのは、の入った卵果を拾ったもの。だが、そのものたちの下から逃げ出したのだ。そうして、村から村へ逃げて回っていた。だが、それにも追ってはかかり、捕まって王宮へ。思い返せば、を拾ったものたちも自身の玉で生活していた。赤ん坊の頃は泣くことに躊躇などなく、泣くことでしか伝達する術を持たないものなのだから。
降り立った国は柳国。本当は雁国に行きたかった。たいした理由などはない。ただ、特に特徴のない国だから、気に掛かっていた。
しかし、戴国を出るときにすでに妖魔は少数ではあるが徘徊しており女怪も振り切る体力がなかった。
(泰麟…)
女怪と麒麟は影響が大きい。即ち泰麟の体力も。

とにかく、じっとしていても始まらない。そこでまず最初にのしたことは着ているものを売り動きやすいものへとかえること。そして、働く場所をさがすこと。とはいっても、土地勘がないため情報も少ない。そこで一番さまざまな情報の集まる場所、妓楼へとは行ったのだった。身を売るためではなく男として下働きのために。
その仕事はすぐに見つかった。そしてその採用のときに使った最初の偽名は
「おい!藍紫!こっち手伝ってくれ」
藍紫、泰王の名。理由はない。ただ、の知っている名前はこれと「紅玉」の二つしかなかったからだ。そして、その店でに出会ったのだった。
の面倒を良く見てくれた。自身もその店に雇われて日が浅く、そのためかに気安かった。

がそこで働き始めて数日後の夜。その日は客室に酒を届けに行った後だった。妙な声が聞こえ足を止めてしまった。そこは客室、しかも上等な客専用の。
「んっ、……あぁ、」
くぐもってよく聞こえはしないが、それはまさに情事の最中を表す声。の体はそれを理解するとともに固まった。血の気がさがって、頭の中に以前の辱められていたときの記憶が過ぎる。
『いやっ。主上!離してください!お願い、ですから!』
あのときの自分は、このような声など出す余裕もなくただただ、恐怖のみだった。それもそのはずだが。なにしろ王自身は恐怖を与えることが目的だったのだから。
(どうしよう、からだ、うごかない。)
カタカタと震える体を自身で抱きしめるしか方法がなく、そのまま蹲っていた。数分後、そこを寄りかかったのがだった。
「藍紫?なにしてんだ?そんなとこで。」
「いやっ」
肩に触れようとして思わず手を払いのけてしまった。そのときに発した声は今までの作り物の男声などではなく。
「お前、女か。」
ばれてしまった、という自覚と共には走り出した。否、少なくとも走ろうとした。それは結局かなわなかったのだが。
「ちょっとこっちに来い!」
ずるずると引きずられどこを歩いているのかには判別がつかなかった。の頭の中にはこれからのことで一杯だった。
自身もここで働く、妓女として。
様々考えてみてもそれしか思い至らなかった。
ぱたん、と扉が閉められそこではじめて部屋へ通されたことを知る。この男もここで私にあんなことをするのだろうか、妙に客観的に考えている自分には気づいていた。これが悟りでもなんでもなく諦めであることも。
「ったく、女だったとはなあ」
どこか呆れたような声を出す、。その声に初めては顔をあげた。
「ま、それぞれ理由はあるだろうさ。で?お前、ほんとの名前なんて言うんだ?年は?」
「知らない。ない。」
「あ〜〜?そんなわけないだろうが。ってほんとにそうなのか?」
が見上げた表情からそれが真実であることを察する。う〜ん、と唸っている。そして、よしっと急に手を打ち
「なら、俺が名前決めてやるよ。ま、当座のだけどな。、にしようぜ」
「なんで…」
「あ〜??」
「連れて行くかと思った、客とるために。」
「さあなあ。俺もわかんね。でもいんじゃね?俺がを連れて行きたくなかったんだよ。」
変な男、これで涙でも流そうものならそうも言ってられないだろうに。そう思いつつも、はどこか嬉しかった。自身の名がついたことに。
それから、3ヶ月。時は穏やかに流れて行った。だが、あの時がきた。












(いやだ。見たくない、この続きは見たくない。やめて。)



















!!ちょっと待ってろ!今、医者呼んでくるから!」
単なる事故だった。そう、どこにでもあるような。馬車に轢かれたのだった。しかも、を庇って。
走って呼びに行こうとするの服の端を掴む手。
「いや…いいんだ。もう。無理なことは…自分でわか、る。」
「何、言ってる!そんなことは自分では分からない!いいから離せ!」
の体から流れる血が止まらずに広がっていく。その様はまるで、血の海に二人だけがいるかのようだった。その場に人が集まってくる。それでも誰も動かないのは、誰の目に見てもがすでに手遅れであったからだ。
「俺、が、なんでお前をあのとき、…つ、れていかなかった、か。わかったよ。」
「いいから、もうしゃべるな、。たのむから。」
。…き、に…てた。」
その時、が何を言ったか最初はわからなかった。だがそれが分かると同時になにかが己の中を駆け抜けた。息に詰まった。その言葉を理解し、自身の中の想いを自覚し。それをまさに今、失おうとしている。そのことに、胸が痛かった。息に詰まるほど、そこだけなにかが凝縮されるような、痛み。
我知らず、流れる涙。それは、次々と溢れ硬質化していく。
「なんだ、あれ!」
「涙が!」
ざわめく周囲、それも気にならないほどにはただをみていた。
(ああ、そうか。人が泣くのは…)
「き、れいだな。おまえ、がきれ、いだか、ら、きっと……」
事切れた。それを知り、回りがざわめいていることも分かった。ここにはいられない。そう感じ取ったは、懐に持っていた小刀での髪を少量切りとって、その場を走りぬけた。玉を落としつつ。




がばっと、臥牀から背を起こす。そして、冷や汗と共に乱れていた息をどうにか落ち着けようと試みる。そして、視線の先に男がいた。
最近、知った男。
「お、気がついたか。どうだ、具合は?」
そういって近づいてくる男――尚隆。だが、の中でそれは尚隆には見えていなかった。
。……ごめん。」
目の前に来た尚隆をと勘違いし、しがみつき謝罪ばかりを述べる。そのの頭にそっと手を載せ撫で続ける尚隆。
そうして、その日は更けていった。


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