タイトル『紅玉の涙第三章3』

ひどくうなされているに気がついた尚隆は、雲海の見える露台から室内へと入っていった。
?気がついたか?」
呻き声も彼女のところに行く前に途絶え、覚醒したのかとおもい声をかける。呆然とどこかを見つめ一瞬弾かれたように尚隆をみる。だが、その視線の先に果たして尚隆がいたのかどうか。
「さ、く。ごめんなさい。ごめん、なさい。ごめん…」
尚隆の袖を掴み、俯きながら誤り続ける。それが寝ぼけから来るものとは尚隆も分かっていた。自身を誰かと間違えていることも。
謝り続ける紫は涙に濡れていた。上掛けの上にぽろぽろと、玉の落ちる感覚が伝わってきそれを知る。
尚隆は少々気に食わなかった。泣いていることもそうだが、自身を間違われることに少なからず不愉快を感じていた。
「ご、めんな、さい。」
尚も謝り続ける
「っ!?」
目を見開き上を向く、その体は臥牀の上に再び沈んでいった。
「な〜にやってんだよ。」
そこへ一部始終を見ていた少年が入室してきた。
「六太か。これはこれは、お早いお越しで、だな。」
尚隆のその言葉を受け、拗ねたような表情を浮かべながら六太が入ってきた。
「ふんっ。それより、もっと大切にしろよ!」
この言葉には、尚隆も何も言えなかったようだ。それもそうだろう。泣きながら縋ってくる女を、しかも倒れた女を、手刀で再び眠らせたのだから。
いくら、自身を間違えてられたからといっても褒められてことではない。ましてや、六太は慈悲の生き物だから。
「朱衡がさっきの、調べ終わったってさ。……やっぱり府庫から紛失したものだって。」
関弓から尚隆が玄英宮へ持ち帰ったものは二種類。
と書籍。
は単に家が分からなかった、というだけではないのだが。とにかく尚隆は連れ帰った。俗に言えば、お持ち帰りされたのだった。
そして、もう一つ。書籍。先日、王が所持すべき書籍にいくつか紛失したものが発覚した。それらはいずれも古く、尚隆など一度も見なかったものが多いのだが。
問題になるのはそこではなくその内容。
それまでの治水に関するもの、玄英宮の内図、雁州国の歴史そして、歴代王の名前と初勅の記録。
公になるにはちょっと困ったものが多かった。何よりも名前云々が、だ。その中には王の風貌をも付記されているところもあるからだった。
それらが見つかった。
奇しくもの働いているところで。
「そうか。そういえばこいつの持っていたのもここから流れたものか。」
「ああ、そうらしい。でも、なんで300年前のこと聞いてきたんだ?しかも倒れるなんて。それに、その涙。」
六太は自身のもつ、以前から預けられた玉を手に乗せつい先程硬質化した涙と見比べる。
そして、もう一箇所。尚隆の首元を。
尚隆はあの夜得た玉を、首飾りにしていたのだった。
「なんなんだろうな、これ。」
六太の視線を受け尚隆もその玉を手に乗せる。二人の持つものが同じ事から、尚隆はの居所を知ることとなった。また、がなぜ辞めねばならないことになったかもちょうどその頃、
妓楼からの情報で得ていたため尚隆の中でそこはつながっていたのだった。
六太も尚隆の持っていることから、が尚隆の知り合いであることは分かったが、その玉の出所は今、知ったようであった。そこで浮上するのは一つの疑問。
「尚隆、お前それを泣かせてとったのか。」
主のことを信じていても、そう思わざるを得なかったのだろう。少なからず非難に満ちた六太の視線を受け、尚隆は苦笑を浮かべてかわしていた。
「さあな。」
「……お前今夜ここにいるのか?」
どう考えてもそれではがあぶない、というある種もっともな意味をこめて問う六太。
下から見上げられ(睨まれているともいう)、そんな様子を企んだような顔で答える尚隆。
「離してもらえないものでな。」
そうして、己の袂を示せば確かにそこには握り締めているの手。どこか勝ち誇ったかのような感じが尚隆から浮かんでいるのはきっと六太の気のせいではないだろう。
「まあ、俺は堪能させてもらうさ。こいつの寝顔をな。」
「…せんでいい。」
いきなり、二人の会話に入ったのは話題の人。どうやら、二人の声の大きさに目を覚ましたようだ。が、まだあまり意識がはっきりしていないらしくぼんやりとした雰囲気を纏い、どこを見ているのか視線が定まっていない。その上、尚隆の袂を掴んだ手はそのままなのだからそこから考えてもの寝惚け具合も知れよう。だが、そんな状態にも関わらず己の嫌なところにはすかさず拒否を示すのはさすがというか。
!目が覚めたか!?具合、どうだ?」
「…ねむい。でも平気。六太、やっぱり麒麟だったか。」
その言葉に、思わず手を頭にやった六太。市街では目立つために布を巻いていたがここは玄英宮。彼の家も同然なのでそのような小細工はもちろんしていなかった。
金色の髪。この世に十二頭しかいないという聖なる獣。その証。少し動揺の見られる六太とは対照的には落ち着いていた。それに彼女はいったではないか“やっぱり”と。
、知ってたのか?」
「なんとなく。知っている麒麟は六太が初めてじゃない。…で?あんた、なんでここにいるの?」
視線を尚隆に移す。明らかに警戒の色が濃い。それもそうだろう。にしてみれば、目が覚めるとそこには見知った少年とどうかんがえても接点のなさそうな男がいたのだから。
そして、の寝ていたところはあきらかに彼女が居住していたところとは違っていた。それにやっと、気がついた。やはり寝起きは悪いようだ。
「どこ?」
「あ〜、。落ち着いて聞けよ、ここはな玄え…」
「俺の住まいだ。」
六太の言葉を遮って言う尚隆。
「…随分、豪華な造り。??塩のかおり?」
そう言って目線を露台のほうへむける。そこからの風景は、海と空。夜ということなので、星くらいしか明かりもないが晴れた夜空。海の色はその夜空に匹敵するほどの闇。
だが、虚海とはちがう穏やかさ。
(おぼえがある。いつか、随分前にこんな風景を。あれは、夢の中で。否、ちがう!!)
「ここは!!王宮なのか!」
先程の夢の中、という自身の記憶と似通った造り。何よりもこんな豪華な造りの建物はそうそうない。
「そうだ。」
そのの様子をじっと観察する尚隆。
「そうだって、え?ちょっと待て。」
の中で何かがつながる。先程の尚隆の言葉。
理解と同時に体の中をめぐる震えは畏敬か、恐怖か。
「おれのい、え?……っ!」
そこから先は言葉につまった。言って尚隆が肯定するのが怖かったのかもしれない。
己のみのうちから沸きあがるもの。
(ああ。また、王と面識をもってしまった。
また、悪夢の再開。)

はじっと臥牀の上に目を向けていた。ただ、布団を見つめていた。そこで、自身の手が片方何かを握っていることに気づく。否、気づかされた。その手を握りこむようなものを感じ取ったからだ。
視線をそちらに向ければ、そこにはよりも一回りも二回りもおおきな、男独特の手。骨っぽく、がさついていた。
「な!?」
「言っておくが、最初に掴んできたのはお前のほうだ。」
やっと、顔を尚隆のほうへ向ければそこにはいつかの妓楼でもみたような何かを企んでいるような掴みがたい顔の尚隆。だが、その眼は何かを見据えるように見通すかのようにに注がれる。
「雁国の王も、麒麟も胎果だそうだ。六太、というのは蓬莱風の名だ。」
「ああ、そうだな。別の名で“馬鹿”とくれてやったがな。」
「…“尚隆”っていうのも変わった名。」
「ああ、そうだな。本当は“なおたか”と読むからな。」
「おい!!尚隆!」
あっさりと、自身のことを話す尚隆に事の成行きを見ていた六太だがここにはさすがに驚いたらしい。六太からみればまだまだ、何を考えているか分からない主上。だが、今まで市井に下りたときにさえ、“風漢”と名乗っていたのにこんなにも簡単に話していることが不思議でならなかった。

「店。」
「え??」
茫然自失、といった感じのが脈絡のないことを言い出し六太は今度はそちらへ顔を向ける。
「六太、私、が本名。」
言葉は六太へ、顔も意識も尚隆へ。
「店にあった。王の名が載ったものが。






最初は、そこは見なかったけれど結局、見た。今の王は胎果だから謚名以外の名もあった。












小松三朗尚隆。」






どれほどの沈黙か、だれもそれは分からない。は、全て言ったという感じで脱力しており六太は傍観を決め込んだようだ。だから、この沈黙を破るならばそれは尚隆のみであった。
「それで、お前はどうする。俺や六太のことを知って態度を改めるのか。」
「いいや。私、王は嫌いなの。」
そうして、尚隆を見上げたは目覚めてから一番強い眼差しをしていた。
そこには嫌悪よりも悲哀が。憎しみよりも憧憬が、対極の想いが込められているようだった。



Created by DreamEditor