タイトル『紅玉の涙第三章4』

『〜*年関弓にて鳴蝕あり。卵果一つ流さるる。二親其の事申し立てる。曰く其の卵果捥がるる時流さるる。
〜□年。*年卵果事、申し上げき者その行方諦む。その後再び里木にて祈願せし。』

尚隆はの読んでいた部分に眼をやる。それに記された年代は確かに自身の登極より以前のこと。これとを結びつけること。そして錯乱したからでた意外な単語。
「泰王、か。」
その言葉と先程目覚めたの六太に対しての落ち着き方。
「如何なさいますか、主上。」
側で控え一部始終をうかがっていた朱衡は問う。
「現時点ではなんとも言えんな。推測はそれこそ幾重にもある。が、確証が無い。……わかるな。」
「御意。」
一を聞いて十を知る、どころか目線一つでその意を得る朱衡も流石というべきか。というか、そうでもなければこの風変わりな主上には対応できないということなのだろう。そして、それを可能にしているのは主従の信頼関係。登極後から50年ほどして起こった元州の乱を期にそれはもっと確かなものになったのだった。
朱衡が退室したのを見届け尚隆は胸にある玉を手にする。
(確証がなければ得るまでだな。推測……)
「神仙の類でもなく数百年を生きる者、か?」



は夢を見ていた。結局あの後、の体を気遣った六太が尚隆を促しに休息を求めてもことだった。
その夢は過去。
だが、先程と違い悪夢というわけではなかった。それどころかと出会って嬉しかったことなど良いことだけがつらつらと流れていった。そこへ介入することはできずただ、様々なが通り過ぎていった。
『そっかあ。生まれがわかんないのかあ。』

『でも年もわからないものなのか?』
(王宮のなかでの時間は止まってたから。)
『なら、探せばいい。俺も知りたい。がどんな両親の願いのもと実ったかをな。』
(探しても生きていない。それに手がかりが少なかった。それに、私の時は止まっている。)
『時が止まるってことはさ、の時が無為に流れて行ったからそう思うんだよ。だったら動かせば良い。有意義に、且つ覚えていられるようなそんな時をすごせるように。』
(、止まっているといったのは本当だった。私、実ったのが300年前だったよ。藍紫の話では私が殻から出てくるのに20年かかった。それから15年後に王宮に行ってそれから何年経ったのか。とにかく藍紫の王政は終わった。)
の夢はそこで真っ暗な闇に包まれた。ただ、最後にの言葉だけが響いていた。
『幸せってのはさ、きっと共同作業なんだろうな。一人だけ幸せってのより二人で一緒にってのが俺はそっちのがいい。』


(でも、それは私が人だったらだよ。ヒトかどうかもわからないなんて…)



。」
そうしての夢は終わった。体を起こし露台へと眼を向ける。一度眼が覚めたときよりも空が蒼かった。夜もすっかり明けておりどうやら昼近くらしい。
昨夜は暗かったためにあまり部屋の中を見ることができなかった。だが陽光が室内を照らしその全貌も見ることができる。
呆れるほど豪華、というわけではないしきらびやか、というわけでもない。
おそらくまだこの国は復興の最中なのだ。だがさすがに玄英宮。細かな模様、布の刺繍などは贅を凝らしたものであった。
「お目覚めでございますか。」
聞いたことのない声に扉のほうへ目を向けると女官が立っていた。
「私、楊朱衡様より御身のお世話を命ぜられました陽翠藍(ヨウ スイラン)、字を藍梓(ランシ)と申します。」
字を聞いた瞬間、傍目にもわかるほど固まった
「……ら、んし。」
「如何なさいました?私の名前がなにか…」
偶然か必然か、どちらにしても音が同じであった。今は亡き泰王、藍紫と。それが今ではなければ、も固まらなかっただろう。時が、場所が、まずかった。は昨夜彼のことを夢に見たばかりであるし場所も国はちがえど王宮であった。
「いいえ、知り合いと同じなので驚いて。良い名前ですね。」
「ありがとう存じます。母が付けたのですよ。確か少し前の泰王の名とか。」
「…えっ。」
藍紫はこのときの疑問を取り違えたのだった。雁の国の女官なのに、名前は泰王譲りということに疑問を持ったのだろうと、そう藍梓は思っていた。だから、こう続けてしまったのだ。
「聞き及んでおります話では、彼は大変な賢帝であったとか。ただ後期あたりになると王宮に住み始めたある人妖に惑わされて国を滅ぼしたとか。とは言いますがここは雁の国。実際のところどうしてなのかは確かめようがないのですが。…顔色が優れませんわ。ご気分が?」
藍梓の言葉を聞きながらはどこか客観的に思えていた。自身のことであるのにどこか冷めていた。しかし、それにしては顔色は蒼白に近かった。心では確かに冷めているのにどこかやはり責任を感じるところもあったのだろうか。精神とのバランスがうまく取れていないのかもしれない。
「あの…」
「藍紫、賢帝だったよ。ほんとうに…」
呆然と藍梓を見つめ、だがしかしその視線の先には藍梓はいない、別のところを見ているかのようだった。
藍梓はとりあえず朝餉を、といい一時退室した。
そして廊下を歩きつつ今のことを反芻してみた。
(どういうことなのかしら?あれではまるで)
「…し、…んし?…藍梓?」
「え?」
あまりに考え込んでいたため話かけられたことに気づかなかった。そして話しかけてきた相手を見てみればそれはある意味最強(凶)な朱衡が。
「これは申し訳ございません。朱衡様。」
「珍しいですね、そこまで考えこむとは。彼女は目が覚めたのですね。」
「え、ええ。」
どこか心ここにあらずな藍梓に疑問を覚える。いつもならもっと捌けた返事、対応が返ってくる。仕事も速く気もきく。
そして朱衡もそこをかって彼女を付きにしたのだった。
「いったい、どうしたのです?」
「実は…」
そうして先程のことを朱衡に伝える。もちろん自身の感じた違和感についても。
「まるで泰王と面識があったような。何かを懐かしむような感じだったものですから少し気になりまして。」
「確かにおかしいですね。彼女はどうみても20代半ばですし。そういえばその泰王を惑わした人妖、私も聞いたことがありますよ。たしか…っ!」
「如何されました?朱衡様?」
朱衡のなかに以前読んだ一節が思い起こされてきた。そして、それは尚隆から得た彼女の情報とも一致する点があることも。
それを確認するために朱衡はその場を急に辞して府庫へ急いだ。


「あった。これだ。」


『時に紫暦五十年、王藍紫の側に人妖現れり。其の物自在に玉を生み彼の王を惑わしむる。王それより玉、人妖に溺る。其の物生みし玉血の如き赤。因りて王其れに名を与えし。
其の名紅玉。

紫暦百年、人妖姿を忽然と失す。其の後見し者おらず。数ヵ月後台補、失道の病に伏す。

紫暦百十五年、藍紫斃る。』


泰王を知っている風な素振り、王宮の造りの知識。麒麟に対しても動揺せず、何よりも紅玉を生むもの。全てが現在、玄英宮にいる少女に当てはまる。
そして朱衡はその年代を見てため息を付く。
「今からおよそ200年前、か。」

そうしてこのことを尚隆に報告することを考えてもう一度ため息をつく朱衡であった。



Created by DreamEditor