タイトル『紅玉の涙第四章3』
部屋には西陽が差し込んできていた。長い話をしていたつもりもなかったが、二人の想像以上に時間の流れは速かったらしい。
二人は黙々と呑み続けていた。最初に手をつけ始めたのは尚隆だがいつの間にかも飲み始めていた。
黙々と。黙々と。
その間にも女官が酒を引きに来たりした。女官たちの誰もが彼らに酒を止めさせようとしたのだが結局誰も止められなかったらしい。が何を考えて飲んでいるのかは分からないが、の中にはある覚悟が固まりつつあるのをは自覚していた。
「さっき、聞いたね。自分のことを調べていたのか、と。」
「ああ。」
飲み続けていたにもかかわらず、尚隆は平静を欠くことはなく代わりにのほうが少し舌足らずな口調になっていた。
「調べていたよ。知りたかったかどうかもわからないけど。に言われたことがなんか印象に残っていたから。」
「?」
単なるの偽名としか知らなかった尚隆は違和感を覚えた。今の彼女の言ではまるで別にいたかのような。
「ああ。一人目だ、私が女だと気付いた。」
ふむ、と酒を煽りながら尚隆の中には不愉快な塊が生じたことに気付いた。というものの事を語るの穏やかな表情に、その表情をさせる男に。考えてみれば、自分はに笑わせたこともないではないか。最初のときから泣かせてしまった。
「が生きていた頃、言ってた。
『幸せってのは誰かとなるもんだ』
何のことか今も分からない。でも、生きていないとその答えすら見つかる欠片も自分で捨てるみたいで。
今までいろんなところでいろんな人に会って見て思った。相手を知ることも自分を知っていくことも変わらない。
相手を知ることで自分の中の知らないことを知ることもできる。
でも、根本は生まれは、そんなのは調べないとわからない。」
ふう、一息ついて酒杯を仰ぐ。
「きっと、知りたかった。あら?さっきと矛盾してる。でもわかんない。知りたかった、と思う。
確信が欲しかった。誰かに言って欲しかったのかも。
生きていていいって。誰かたったひとりでもいい、から…」
言葉が途切れ、視線をに移す。
ただ涙を流す。その涙は途中から玉へ変わり彼女の膝の上に落ちていく。形を持ったそれはわずかな重みを持って彼女の膝へその存在を知らしめていく。
「で、も結局わかったのは、ヒトではない、とい、う…証拠…だけ。」
「お前が見た記録。蝕の起こった時期と被害による報告だったな。」
「その蝕のことだが。俺も調べた。
あれが起こった頃ほぼ同時期に戴国の玉泉でも蝕が起こった。その玉泉ではちょうど紅玉の種が蒔かれた時期だった。」
「……」
「蓬山へ確認した。」
「ほうざん?」
神々の住む山。それとのことがどう関わっているのか、全く分からなかった。蓬山は平民には王以上に、尊い存在であったからだ。
「同時期とされる蝕は真実、文字通り同じときに起こった。そうした場合稀にではあるが、それぞれの蝕に巻き込まれたものが交じり合うことがある。つまり、お前は人の形をした玉。」
「な、にそれ。」
「化け物どころか神とも同等の存在。玉神ともいうべき、」
尚隆の言葉は最後まで続けられなかった。妨げられたのは陶器の割れる音。酒の入った杯が卓の下へと落ちる音。落した者は、。眉間に皺を寄せ苦渋に満ちた顔で、尚隆を睨み付ける。
「そんなこと、どうでもいい!!もし、仮に私がそうであったなら、なんでも藍紫を助けられなかった!なんで、もっと力がない!誰かを、じゃない!どうして!どうして!どうして…… どうして。」
の中には遣り切れなさが溢れていた。今まで自身の存在すら確定されたものではなかった。そうして、やっとみつかった手がかりが自身を人であることを否定するものだった。それだけですらどうしようもないほどを打ちのめした事実だった。
それなのに、今度は神の領域にまで話が行った。神と同等だと言う。世に言う神とは、とてつもなく大きな尊大な存在で何事にも介入せずただ天上で見続ける存在。もしくは人を救う存在。例えそれが、人の価値観で決められたことであっても。
「まあな。神なら二通りだ。人を救うか何があっても見届けるか。苦しむことも泣く、涙を流すこともなく。
だが、悲しいんだろ。死んだものに対して。
お前は人だ。それは変わらない真実。そして、お前が元は雁国の卵果ならお前誰がどう言おうとも雁の民だ。」
ふざけたことを、そう思えばよかった。
所詮はきれい事だと。
そう、思うことが一番簡単だった。
はずなのに。
の表面を伝うのは水。その水は途中から形をもつ。悲しかったというわけじゃない。どこも痛かったわけじゃない。怪我をしたわけでもない。
なのに涙が出た。
今までにもっと辛いことも、胸を突き刺すような痛みもあった。
尚隆が何かしたわけでもない。彼はただ王として、言っただけだ。王にとって民がいることは民を失うことがどれほど辛いことかを知っている彼が言う。
「な、んで。」
「わからないか。涙がでるわけが。」
尚隆が近づいてきているのがは分かった。目の前まで。目前まで。
逃げることも簡単にできた。ここは妓楼ではない。人も簡単に呼べる。しかし、尚隆の目線に捕まってしまった。気圧される、と言う感じなのかもしれない。
尚隆の手が伸びる。顔を覆う。包むように。
涙は溢れ彼の手を伝い、床に落ちるころに固形化していた。
「悲しく、痛く、耐え切れないときにのみ涙が流れるわけではない。嬉しいときにもでることはある。
そして、そうやって泣くことができることこそがお前が人である証だ。」
その日、は初めて嬉しくて泣いたのだった。
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