タイトル『紅玉の涙第五章1』

「おや、主上。お早いお帰りで。」
「ふん、随分な出迎えだな、”無謀”」
この部屋の主が”数日空ける”と残して出て行ったのは昨日。本人にとっても周囲にとっても意外すぎるほどの早い帰還。しかも行き先は妓楼ではなく後宮。
朱衡以外の下官はの素性を知らなかった。また、その朱衡もと直接の面識はなかった。顔を合わせたのは、といっても初日の意識を失っているときにのみ。本人の性質は知らなかった。そんな状態でこの主上の興味の具合からいって、かなり関心があった。
が来て変わったことが一つだけあったからだ。それは、尚隆の妓楼通い。それほどの影響力を持つ女性というのもその関心を引き立てるものであった。
かたん、と扉から数日見なかったものの入室。
「これは、台補。お帰りで御座いましたか。」
朱衡が調べるように命じられたと同時期に姿が見えなくなった台補。自身のことを考慮に入れてみるとおそらく彼も尚隆の命により出ていたことが推測された。
「おう。ついさっきな。で、この馬鹿がに頭突きされるのを見たんだ。」
こちらはいかにも面白そうに語る。そして、その内容は朱衡をも面白がらせ猶一層、への興味を増す要因となったのだった。
「で、どうだった。」
先程までの不機嫌そうな表情はどこへ行ったのか真面目な顔で六太に問う。
六太はそれに対してにかっと満面に笑みを浮かべ、片手に持っていたりんごを齧り、首肯をとった。
「ばっちり。」
一人内容の分からない朱衡。だが、視線は自ずと六太が持って入室してきた荷物へと向けられる。目測で縦30尺、横10尺ほどの絵画と思しきもの。
「台補はどちらへいらっしゃっていたのですか?」
「ん〜?ちょっと戴まで。」
やはり、と朱衡は思った。朱衡の調べた結果を尚隆は予め予測していた。ならば、朱衡に調べさせると同時に現地へ、誰かを行かせることくらいはするだろう。
もっとも、腑に落ちないことが一つだけあった。
「なぜ、ご自身で行かれないのですか?」
彼の知る尚隆はまず、自身が行動する。先に起こった元州での内乱のときのように。
「行こうとはしたんだがな、こいつがどうしても自分が行くときかなんだ。それに、俺は大体理解できている。」
不敵に笑みを浮かべ語る。昨夜、に話したことを。前泰王、藍紫についてそしてその人妖と伝承、という少年、玉神。
「ああ、だからか。悧角が人かどうか怪しんだのは。」
意外にも驚きもせずすんなりと受け入れたのは六太であった。朱衡は少なからず衝撃が強すぎたようで未だ呆然としている。
「なんだ、えらく受容が速いな。」
「お前が蓬山に行ったときから、な〜んか予感はあったんだよ。」
雁国の頂点である両者にとって蓬山は少し風当たりの強いところ。それでも尚隆は行った。の身元の確認のためと、人と玉が交じり合うことがあるか否かの真偽の確認のために。
朱衡ではまず取り次ぎに時間が掛かりすぎる、六太でもよいが尚隆を迎えに来たときなどの無茶によってある意味尚隆よりも風当たりは強かった。だからこそ尚隆自身が行ったのだった。
「で?お前、をどうすんの?」
下から見上げる六太。これは今、六太の一番知りたかったこと。そしてその質問によって朱衡もなんとか自失の状態から帰ってきたのだった。
「どうも、こうも。は延国の民。戸籍云々を与えるさ。海客と同じようにな。」
「それだけでございますか?」
思わず嗜めるような口調で尚隆に言ったのは朱衡であったが六太の視線もそれと同等のことを物語っていた。
「それだけ、とは?」
「ならば、何故後宮に入れたのです。普通の客室でも良いでしょう。」
「あいつの特異な力が漏洩してはかなわんからな。ただ、それだけだ。」
「あなたが一言でも命じれば彼女を普通の客室でも十分な監視と監禁はできます。」
「何が言いたい。」
朱衡自身何が言いたいのかはよく分かっていなかった。ただ、単にそれだけの理由で空室だった後宮に入れたとは考えたくなかったのかもしれない。
この王は、きっとどこかで王妃をとらないと決めている。それが理由で滅びた国もいくつもある。結局のところ国が傾く理由など、些末なことから皹が入るものなのだから。
この国も回復まではまだまだ、程遠い。こんなところでまた、傾けてもらっては困る。だが、家臣として王個人に幸福であって欲しいと思う。国が栄えても、王自身が犠牲になっては何も意味がないのだから。
そう考えて、否と思う。きっと尚隆の場合もっと性質の悪いものだ。”犠牲”とは考え付かないだろう。

「ほんっっとに馬鹿だな。お前。」
心底呆れた、というように今まで流れを見送っていた六太が言う。
「俺はが好きだ。お前はどうなんだよ。」
「延国の民は皆、俺の子のようなものだろう。」
「答えになってねえんだよ。王じゃなくてお前はどうなんだ。」


“お前はどうなんだ。”
その言葉が尚隆の中に染み込んでいくと共に、思い出されるのは遥か昔。自身の娶っていた女。結局死なせてしまった。幸せというものとは程遠い思いをさせたのだろう。尚隆自身もその女を娶ったからといってどこか変わるわけでもなかった。

好む以前の問題だった。関心がなかった。人間的に。

について考える。

最初はまさか会うことになるとは思っていなかった。妓楼でも他人の空似だと、だが本人と知って興味が湧いた。
いや、違う。その確信を得る前に何かが引っかかっていた。何だ?

考え込む尚隆の様子をみて六太と朱衡は言った。
「主上、幸い仕事はありませんので数日くらいは十分に熟考できます。」
「そうだそうだ。よ〜っく考えろよ!


 もう、蓬莱の時とは違うんだからな。今度はお前が見つけて興味をもったんだろ?」


最後の六太の言葉をただただ、呆然と聞き我に返ったころには思わず苦笑が漏れていた。その苦笑は果たして、六太に向けられたものかそれとも、やっと自身の想いに気付いた己に向けてか。


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