タイトル『紅玉の涙最終章序』

『ああ、あの絵なら虫干しに露台に出してるよ。』
そういったのは自身の半身。昨日、執務室に置いていっているはずのものがなく六太がもっていることは明らかであった。だから、その所在を確かめるために聞いた問い。
その答え。

『では、この部屋から出て行っていただきましょうか。』
いつもとあまりに違う臣下の言葉。
その妻が持っていた絵。

図られた、と気付くよりも先に頭に血が上るのを久しぶりに感じた。意図が掴めなかった。
「いったい、どういうつもりだ!!」
怒鳴りあげることを最後にしたのは確か更夜に対してだったか。
びくりとの体が、動いたのが視界に入った。
「まあ、主上。そのように怒鳴られてはさまが驚いておられますよ。」
尚隆の怒鳴り声もどこ吹く風、飄々としたものだった。そんな藍梓の様子にはどこか空寒さを感じた。
(藍梓ってもしかして、見かけによらす最強?)
「意図もわからん!このように宮廷内で図られるとは露ともおもわなかったぞ。」
そんな様子の藍梓に心底、不愉快そうに眉を顰める尚隆。
「意図?でございますか?」
ぴくりと、藍梓のどこかが引きつったのを確かには見た。


「なあなあ、藍梓で大丈夫か〜?」
一方主の居ない執務室内で、朱衡を六太は茶を呑みくつろいでいた。
「大丈夫ですとも。あれは怒ると私にも手はつけられませんから。」
「へ、へぇええ〜」
玄英宮最強と思っていた朱衡にこう言われて六太は心中で誓った。
(ぜってぇ、藍梓を怒らせないようにしとこ。)


「主上、いい加減子供のような真似はせずにあなたさまの真意をさまにお知らせになっても良い頃でしょう?」
背後から黒いものが立ち上りつつあるのをなぜか尚隆は見落とした。否、朱衡から発せられるそれをこの女官が発するとは思っていないため視界に入ってても認識を拒否したのかもしれない。
「真意だと?それがお前たちとどう関係がある。」
「私たちには関係はありません。が、さまと主上は初対面でもあまり良い出会い方とはいえないようで御座いますので。あ、これはさまから聞きましたので当て推量などではありませんわ。」
淡々と述べていく藍梓。その背後では確実に黒いものが藍梓を覆いつつあった。そしてこのときになって尚隆はそれに気がついた。
「主上、あなた一人で勝手に先を読み納得しているのはさまに対しての侮辱ですわ。だって、さまには過去に何があったのかを知らせているだけで現在の状況を何一つお知らせではないのですもの。」
「ほう、状況とは?」
「まだ、お気づきになりませんか?」
「分からぬから聞いている。」
すう、っと息の音がした。
「いきなり王宮へ連れてこられて、過去のことを知り得なかったことを他者に教えられることの意味がわからないのですか!!しかも後宮にまで連れてきておいて、連れてきた当人の真意はわからない!見知らぬ所へ知らぬうちにつれてこられた者の不安がわかりませんか!!」
「それは、時を見計らって、だな…」
「その結果が先日の行いですか!!」
「……」
は過去に対しては自身で知りえなかったことを尚隆に知らせられた。が、何故、尚隆が王宮へ連れてきたのか、これから自身をどうするつもりなのか、何も知らなかった。
(だから、知りたいのも確か。)
藍梓の叫びを聞きつつは自身に問う。確認とも言う。
(でも、一番知りたかったことは。)
「どうして?」
今まで沈黙を守っていた者の呟きは小さいながらも確かに聞こえた。
「尚隆は私をどうにもしない?監禁するでもない、無理強いするでもない、玉を望むでもない。でも側に居ても、近くにいても何もいわない。
最初に妓楼で会ったときから不思議だった。
私をここに置いたとき、玉が目当て、そう思った。でも藍紫のこと知ってる。それの哀れみ?
わからない、何がほんとう?」
それは彼女の心中。文章にならぬことば。羅列。それでもそれは、の本当に知りたかったこと。先日、藍梓に言われて通り自身を振り返って考えてみた。尚隆をどう思っているのか。
そして、得た結果。
「私だけ知られているのは卑怯だと、思う。私は尚隆を知りたいの、だと思う。」
たどたどしい物言いはおそらく自身でも言いながら確認しているため。つまるところ誰しも自身のことはわからないということだった。それが感情の域になればなおさら。
「と、いうのがさまの言い分ですわね。では、主上のほうもそろそろ自身をぶちまけてみてはいかがです?あ、お茶はこの中に淹れておきますのでそれでは御前を失礼いたしますわね。」
からからと、予定調和の風を装って藍梓は去っていった。その様子を見ながら尚隆は内心、舌をまいていた。
(なるほど。確かに朱衡の家内だけある。)
そして同時に覚悟も決める。最後に女官の手によって背中を押されたという事実は、尚隆には違和感に満ちたものだったが。
「座っても良いか。」
「どうぞ。」
藍梓の置いて行った絵を卓に立てかけ席に着き尚隆は、どこから話したものかと逡巡する。
「どこから聞きたい?」
「…どこからでも。私はあなたのこと何も知らない。延王であること、戴と交流のあったことくらいしか。」
「そうだな。思えば俺もお前のことは大体知っているにもかかわらず俺のことは何も言っていなかったな。
それをどこから、と尋ねるのも聊か無礼に過ぎよう。」
一口、藍梓の残していってくれた茶を含む。
思わず苦笑が浮かぶ。
苦味ばかりの茶は最後の彼女の尚隆に対する非難なのかもしれない。
「俺が雁に登極したとき、既に泰王藍紫の治世は終わっていた。」
長い回想の始まり、そして二人の距離が近づくための最初の壁。


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