タイトル『紅玉の涙最終章』

最初に戴へ訪れたきっかけは確か、戴からの親書が発端だった。
頃はいつだったのか、元州の乱よりは少し前だったか。
『何?戴からの親書?だれからだ。』
そう問えば珍しくも躊躇するかのような朱衡が居た。上の官吏かと推測していたら見せられたものは泰王御璽。
なるほど、いつも冷静であるはずの朱衡が躊躇するわけだと妙に納得した自分が居た。中身を見てみれば戴国への訪問依頼。
妙な話だ、と思うと同時に面白いと感じたのも確か。こちらでは他国との交流は少ない。登極後のごたごたも泰王のほうでは予想できるはずだろうに急な知らせ。しかも内容には延国の民にも関することとあった。

渋っていた朱衡たちをなんとか黙らせ、諸官のほうにも戴へ学びに行くという名目で訪問した。その際にはさすがに、納得のいかないもの達が多くいたものだった。やっと待ち続けた王がすぐに他国へ行こうというのだからそれもそうだろうが。

その頃の戴国は冬が間近に迫っていた所為か雲海の上でもかなり冷たい風が頬を撫でていた。三日ほどでついたが到着時はすでに深夜で合ったために泰王との面会は翌日となった。
会ってみればその当時の泰王はえらく憔悴している感だった。(その後すぐに彼の王朝も斃れたためにそのわけもわかったのだが。)
取り出したのは一枚の絵。
それは、とある少女の絵だった。
『これは?』
『私よりの前の王が身罷る寸前に描きあげたものと伺っております。なんでも、その王を惑わした人妖とか。』
『人妖。』
以前、六太から聞いたことがあった。だが、それはあくまでも妖魔であるもの。この目の前に描かれた少女はどう見ても
『人、としか見受けられないが。』
確かに人のような形をした妖魔はいる。だがそれらの知性は低くまた、どこかしら目に見えて異形であるらしかった。
『ええ、そうなのですが。その彼女は玉を産むもの、と伝えられておりまして。』
言う泰王自身もあまりよくは知らないようだった。
『彼女は長らく泰王、藍紫といいましたが、彼に幽閉されていたようで。』
玉を産むといわれた少女はあらゆる手段を用いて彼女から玉を得た。そして、玉に魅せられ続けた彼を天が許すはずもなく間もなく麒麟が失道した。また時を同じくして彼女自身も宮廷から居なくなった。そこまで聞き、疑問を抱かないはずもなかった。
なぜ、そのことと延の民が関係あるのか。
それを知ってか、最後にこう締めくくったのだった。今になって考えればそのことを最後に言うあたりあの泰王もなかなか食わせ物ではあった。
『調べましたところその彼女の卵果はもともとは延のものらしいのです。』
そして彼の話は続いた。蝕のこと、彼女が居なくなった後の玉が降ってくること彼女の籍は仙籍にはいれていないのに衰えない体、藍紫の部屋から消え去った玉。
『それで、俺にどうしろと?』
聞くだけ聞いた。が、彼が俺に何を望んでいるかさっぱり分からなかった。第一その少女が今現在どこに居るかも、ましてや生死すら分からないというのに。
『私は、ただそのことをあなたに知っておいて貰いたかったのです。私が登極したとき雁は荒れていましたから、このことをお知らせするような状況にはなかった。ですが、新しい王が立ち先行きも安定しそうなので、お伝えを…』
『くく、わからんぞ。俺も梟王のように何時道を踏み外すか。胎果だからな。』
『いいえ、きっと大丈夫でしょう。なぜか分かりませんがそのような気がします。それに、あなたに本当にお伝えしたかったのは藍紫のことなのです。』
民のことと言いつつ、なぜか泰王のことを伝えたかったのだという。彼の真意が何か掴めずにいると傍らに避けていた絵を指した。
『あの絵は私が私室で見つけたものです。ひっそりと隠すように。そしてそこには、一言。

請願我幸紅玉

宮廷内で藍紫の頃から居た官吏に聞きました。彼は彼女が消えた後、狂った。ただ、当時の泰麟が身罷ったあと急に絵を描き始めて最期には血を吐きながらこの絵を仕上げていたとか。


私の治世もそう長くはないでしょう。その前にせめて誰かにこのことを知っていてもらいたかった。知らせたところであなたになんの義務もありません。私の欺瞞であるのかもしれませんが、そういう王も居た、と記憶にとどめておいてくれませんでしょうか?』
そういった彼の顔はどこか憔悴の中にも諦観が浮かんでいた。
後に伝え聞いたところ彼の治世は穏やかだった。穏やかすぎたのだった。
彼は血が流れるのを厭い罪人にすら恩赦を与えた。秋官の仕事がなくなるほどに。そして、民によってその命を奪われたのだった。


「今になって思えばあの頃すでに、そういう予感があったのかもしれないな。」
雲海からの暖かな風を受け、すでに冷め切った茶を飲む。目の前のを見ればどこか呆然とした様子でその絵を見続ける。
「では、その絵は藍紫が…」
「そうだ。そしてつい最近、六太に取りに行かせた。必要だと思ったからな。あの時、もって帰るように言われたんだがな。」
あの時、過去に対面した王にそういわれたことは容易に想像できた。が、なぜか尚隆はそうしなかった。
「どうにも奴の意のままというのが気に食わなくてな。俺が必要になるまで預かっていてくれ、そうして取りにくるときは今度はお前の国を見に来る。と言って置いてきた。」
登極間もない、しかも胎果の王が治世も自身より長い王にそんな不遜なことを言ったのか。
彼にとっては彼なりの励ましではあったのだろうが、今も昔もそういう妙なところで自信のあるようなところには可笑しかった。
「正直に言おう。」
それまでの尚隆とは様子が変わりはそれなりに覚悟をした。一体次に何を言い出すのか。
「そのときに見てから探していたわけではない。妓楼であの時あったのは紛れもなく偶然だ。
思い出すまでに少々時間が掛かったからな。」
「……」
予想していたはずの言葉にどこかがっかりしている自分に気付く、
「だが、以前見ていたからとかは関係がないのだろうな。すぐに興味を抱いたさ。」
ちらりとの顔に悪戯っぽい視線を投げてよこす。
「それは、ぎょ」
「玉を含めてだな。」
にとって自身に向けられている興味なのか、それとも自身から生まれる玉に対してのことなのかはやはり気になった。それも致し方ないことかと思うが。
同時に、思う。
(悲しい、かな。)
「どっちが先?」
「ん?」
「私と玉、どちらに先に興味、もった?」
「いつか、決めていた。


あの絵を見たときからかも知れぬ。藍紫のことを聞いてからかも知れぬ。

もし万が一、その女と会ったときには目を見て決めようと。死んだような目をしていても全てを忘れ去っていてもどちらでも良い。ただ、遺された言葉を聞いて知った俺には見届けなければならない、とどこかでそう思っていた。」
禅問答のようだ。の質問に当てはまらぬ答え。尚隆が一体何を言いたいのか全く検討がつかなかった。
「最初に会ったときがいつか分かるか?」
最初はあの時。妓楼の開店記念の催しで呼ばれたときだったはずだ。頭の中で考えていると尚隆はの返事を待つでもなく先に進める。
「あの時は3回目だな。1回目は店の前で見かけた。その時は店に働いている妓女だと思っていた。2回目はその店に訪れたとき。なんとなく気になってお前を指定しようかと思えばどうもそれらしい者はいない。違う女を指定して酒を頼んでいたらもって来たのは男の格好をしたお前だ。しかもよく見れば懐に小刀を持っている。
これはおもしろい、と思って催しに乗じてお前を呼んだのが3回目だ。お前はそれが初めてと思っているだろうが。実質、最初のを除きお前と対面したのは2回ほどあったわけだ。」
「……それが答え?」
「ああ。」
最初の質問に対しての答えなのだろう。長々としている。
「回りくどい。
なんだか、あれね。尚隆は極端に言葉足らずか長いかのどちらかだな。しかも、本人は何もかも知っているから性質が悪い。」
それでもやっと、真意を聞けたと思いの心中は満足感で満ちていた。
つまり、玉よりも先に自身に興味を持たれていたことが単純に嬉しかったのだった。
「そういうわけではない。」
最初、は一体何が、そうではないか、分からなかった。どこを指しているのか検討もつかなかった。
「何もかも、というわけではない。
例えばお前は、俺が王だと知っていても態度を変えないこととか、お前は結局のところ俺をどう思っているのか、とかだな。」
(付け加えなければ。聞くときは変化球時々、直球。)
「態度を変えないことはこの前言ったから割愛。

どうっていうのは抽象的過ぎて答えようがないので却下。」
ふいと顔を尚隆から背け何気ないかのように言う。内心、どういえばよいか分からないというのもあるのだが、予想通りの感情が自身の中にあるというのも認めがたかった。

「では具体的に聞くとしようか。」
は急に影に覆われたのに気付き、これが以前しかもここ最近よう遭遇するようになったことと同じと思うのに時間は掛からなかった。
目線をあげればそこには真向かいに座っていたはずの尚隆が目の前に立っていて、思わず目を閉じた。今までも展開から尚隆がの体を動かないようにするかと思ったからだ。
が、僅かな風がを撫ぜた以外になにも変化はなく目を開けてみれば尚隆はの前に視線を合わせるように膝を着いていた。
「俺はお前を伴侶にしたい。だがコレばかりは俺の独断では行かない。、お前の意思が必要不可欠だ。
それとともにお前に覚悟を要することになる。
俺の妻になるということは延国王后ということだからな。」
呆然としていた。の耳にその言葉は入ってきてはいたが頭が理解することを拒否していた。無理、ということよりも何よりも一番最初に頭に上ったことは
「私は、戴国を泰王を堕落させる要因の一つになった。延国だって、そうなるかもしれないのよ。」
のなかの根幹をなしている自責の念にはこのことがあった。滅ぼしかけた、という事実。要たる者を堕落させてしまったことへの罪悪。そのせいでどれほどのものが死んだかも分からない。
「私の今は他者の命をもってしてあるのに。」
泣きたかったのだろう。唇の端を噛みそれを必死に食い止めているのが見て取れた。泣くことを拒絶していた。には分かっていた。ここで泣いてしまっては死んだもの達へ失礼に当たること。泣いて楽になるのはのなかの呵責のみ。
それは自己欺瞞であるということに。
「そう思っているのであれば、二度はない。
むしろ、そう思っているからこそ、、お前を伴侶に望む。


俺は今のところはこの国を発展させよう。だが、それに飽きれば俺は国を滅ぼしてしまうかもしれぬ。
所詮、王といえども、元は人間だからな。」



「私が尚隆をどう思っているか。


少なくともまだ一緒にいたいと思うほどには慕っているよ。
そう思い続けるのは明日までかもしれない。
数年後かもしれない。


でももしかしたら、死ぬまでかもしれない。

長い時間の中、もしあなたがどのような要因であっても国を滅ぼそうとしたときには

私が殺すから。今度は逃げないで、最期まで一緒にいる。」




白雉三十年、延国に皇后立后。
字をと申す。宮内にて府庫の管理に就く。延王、御自ら市井より玄英宮へと連れる。
周囲を侮づること甚だし。

白雉三十七年、玄英宮にて塩を作る。その案、延国王后の命より行われり。それより後侮づるものなし。




〜年。延王尚隆身罷る。その政策傾きつつ在りしとき強襲を受けたと聞く。側に王后倒れし。既にその身も冷たくなりしとかや。延国治世約八百年にて終焉を告げる。


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