タイトル『足元の黒い影』
本日9月10日。快晴。いつもの変わらぬ一日。で、あるはずの日。この日が特別になったのは何時の日からか。
(どうしよう、どうしよう。)
そう考え事をしながら、廊下を歩き続けるのは、十番隊第八席、。茶色のストレートの髪が特徴の女死神。いつでも、デスクワークを的確にこなす、という評判のもの。また、副隊長の松本乱菊とも懇意であった。同じ隊、というだけではなく三番隊隊長市丸ギンについての相談にも乗ってもらっている。
違う隊である、しかも隊長に関しての相談など普通はない。が、は何の奇縁か市丸ギンの恋人となっている。
さて、そのがなぜ、このように思いながら歩いているのかというと本日9月3日は、ギンの誕生日だからだ。
いつも、相談に乗ってもらっている乱菊はこのときに限って任務で遠隔地へ赴いていた。他にこのような相談に乗ってもらう相手は特に思いつかなかった。そして、当日を迎えてしまった。ということで。
しかも、結局悩んだ末に贈り物を用意できていなかったのだ。ギンの欲しいものが単純に思いつかなかっただけなのだが。
否、欲しいもの何?と直接聞くとどうしても、貞操の危機を迎えそうなそんな本能的な危機感もあって、本人に聞けなかったのもあるのだが。
(絶対、聞くと私が欲しいって言いそうなんだもの。しかも拒否しても実力行使してきそう。いや、するだろう。だって彼は見るからに)
「鬼畜だもの。」
「何がや?」
最後の言葉の無意識に口に出していた。しかも、その言葉にはの知っている声が返事をしてきたのだから。
「うひゃお!?って市丸隊長!」
驚くのも無理からぬもの。
「いややな〜。人をお化けみたいに〜。」
いつも通りのキツネ顔が側にあって、いつも通りの何かを企んでいそうなそんな顔であった。
「、どこ行くん?」
「えっと、八番隊にこの書類を届けに行くところです。」
「へ〜?」
の答えを聞きどこか、先程よりもおもしろそうな顔をしたギン。
「おっかしいな〜、このまま進んだら三番隊やで〜」
そうして、改めてみてみるとそこは確かに三番隊へと続く道。
体中の血液が顔に集まるのを感じ、しどろもどろになるに笑みを絶やさずにギンはを壁に付ける。
「そんなにボクに会いたかったん?」
「ちっ…!?」
違う、と答えればそれこそ貞操の危機、かといって肯定すればそれはそれで、貞操の危機。まさに八方塞がりの状態。
(乱菊さ〜ん、助けて〜)
と、心中でここにいない乱菊に助けを求めていると
「ちょっと、ギン。を離しなさいって。」
いないはすの乱菊が現れた。
「あ〜らら。乱菊ちょっと気ぃ利かしぃや、っっとなんやイヅルも一緒かいな。」
乱菊の後ろには三番隊副隊長の吉良イヅルもいた。
「隊長、仕事片付けてくださいよ。」
「さ、行くわよ。。」
その場を吉良にまかせ二人はその場を離れた。
「全くあんたは、な〜んで迂闊に三番隊隊舎に近づいてるのよ」
半ば呆れながらのため息と共に、乱菊のお小言を頂戴している。今回ばかりは何の反論もできない。
「う〜。」
「呻ってるんじゃないの。まったくもう。」
「そういえば乱菊さん、お帰りはもっと後じゃなかったですっけ?」
そう、予定ではもう二、三日後になるはずだった。
「あ〜んなの、私にかかれば簡単よ!」
からからと、何事でもないようにだが、鼻にかけるわけでもなくいう乱菊。こういうところが乱菊の信頼を集めているのだった。
「で?あんた、何悩んでんのよ。」
一目見ただけで、に悩みがあることを見抜くこともさすがであろう。そうして、は最近の悩みを打ち明けたのだった。
「はあ?誕生日〜、ああ、そうね〜。」
すべてを聞き終えた乱菊は一言。
「馬鹿ねえ。」
で片付けたのだった。
粗方予想していたせいか、それでもこうもきっぱりと言われるとちょっと落ち込む。
「う、そりゃ当日にこんな相談してるのは馬鹿だってわかってますよ〜」
「じゃなくて、あんたが包装されて贈り物、でいいじゃないのよ。」
至極当然、何が問題なのかという感じで、切り返されてしまった。だが、ここは複雑な乙女心?のなせる業なのだろう。
「う、それじゃいつもと変わらないので、何か特別なものを、とですね考えていたら結局。」
「思いつかなかったのね。」
「…ハイ。」
会話が続くたびにしょんぼりとうな垂れるを見て乱菊は思う。
(ギン如きには干し柿一つで十分なのにねえ。まあ、こんな可愛いとこがあるから、あいつもこの子と一緒のとき機嫌がいいんでしょうけど。
そういえば…)
「、あんた二人のときギンのことなんて呼んでるの?」
隊内、というか仕事中にがギンのことを名前で呼んでいるところどころか敬語を使っているところしか見たことのない乱菊は不審に思った。
「え?……隊長、と。」
「まさかと思うけど、敬語のまま?」
「大抵はそうですね。」
おもわず、お茶をごっくんと音を鳴らし飲み込んだ乱菊。あの、ギンがこれで納得しているのだろうか?恋人に敬語、名前呼びなしで?ん?大抵?
「大抵ってことはそうじゃないときがあるってこと?」
その言葉を聞き、は自分の失言に気づいたのか急に顔を赤める。その様子を見て全てを悟った乱菊。
「あ〜、夜、ね。」
そう言葉を発すると一層顔を赤らめた。
「ん〜〜、じゃ、こんなのどう?」
そして、乱菊の提案するギンへの贈り物とは…
(どうしよう。)
そうして、三番隊へと続く道を本日二度目で歩いている。今回は前回とちがい、どうしようの矛先が違うのだが。
(乱菊さんの言ったもので喜ぶのかな?というか、乱菊さん。最後の一言が一番、きついです。)
『どうせ、今日はあんたが何をしてもしなくても、喰われちゃうから。
どっちにしても喰われるなら少しでもいい条件で喰われちゃいなさい。』
そして、最初にもどる。
(どうしよう。)
思わず止めていた足。見つめていたのは足先。人間、考え事をするとき大抵俯いているものである。
そうして、大抵そういう時は視野が極端に狭くなっているものであって、もちろんもその例に漏れず。
いつもならば気づくはずの足元の黒い影に気づかなかった。その影は容易に、のそれを覆うほどの大きさで。
そのことに全く気づかないは
「だって、鬼畜なんだもの。」
と呟いてしまったのだった。
「本日二度目やな、その発言。一体だれに向けてるん?もしかしてボク?」
「ええ、まあって、うひゃお!い、市丸隊長!」
振り向けば先程と変わらない表情のギン。
「え〜っと。その。隊長は今日は何時ごろ上がりなんでしょうか?」
「ん〜?今夜は夜勤やなあ。」
夜勤、ということは今渡す暇はないかもしれない。それに、夜勤なら心配のもとであった貞操の危機云々は回避できるかもしれない、との中に一筋の光明がさしたのだった。だが、彼女はそれがほんとに細い一筋であったことを今は知らない。
「そ、それでは今、その渡します。」
「ん?なんや、ボクの誕生日覚えててくれたん?」
「その、先程まで悩んでいまして物品ではないのですが…」
「うんうん、なんでもええよ〜。」
にこにことしてを見ている顔を、しかし本人は見ていない。否、そんな余裕は彼女にはないのだった。
今から言うことに、緊張してしまって。
しかし、それが彼女の犯した一番の失敗であった。
「………ぎ、ギン。」
言った直後には本日3度目の顔に血が集まるのを感じた。そして、同時にこうも思った。
(こんなに赤面するのは一年に一度だけでいい!!)
一方、の言葉を聞くまでは余裕そうに笑っていたギンは一気にその余裕が無くなっていくのを感じていた。
そのときの表情の変化は、きっとが顔を上げてみていたら本能的危機回避能力が警告をあげるようなものであった。
だが、悲しいかな。彼女は先程から俯きっぱなしでそれを見ていなかった。これは彼にとっては好都合なのだが。
まあ、彼にしても余裕が無くなるのは仕方ないことだろう。
付き合い始めて半年は経とうというのに、彼女は私的なときでも滅多に己の名を呼ばないのだから。呼ぶときといえば、伽のときだけ。
それも彼が頼んで一回言うかそれくらいだったのだから。そんな彼女がこんなことを思いつくとは考えられず。
(あ〜。乱菊やな。)
そして、彼は彼女に腕を回す。
「え?な!?隊長!?」
そのときになってやっと、自身の危機に気づいた。
「ギン、って呼んでくれへんの。」
「えっと、今から夜勤なんですよね?」
「うん、そう。」
「だったら…」
「だから、その前に体力補給〜。」
口調はあくまでも穏やかだが、薄く開かれた目と抱きしめる腕の力から彼が本気なのが伺えた。
「た、体力補給って、逆に体力消耗しちゃいますって!?」
なんとか行為を中断しようと抵抗する。
それを全く意に返さず彼は言ったのだった。
「ほんとの鬼畜って意味教えたるよ。」
そうして、瞬歩で隊長室へ連れて行かれ足元の影が自身を、二人を覆いつくして行くのだった。
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