タイトル『真っ白な灰』

旅宿で、ヤツにあった。
 「おや、

    お久しぶり、ですね。さん。」

 有り得ないだろう。こんな偶然。戸をあけた途端に目の前に待ち伏せしたかのように居るなど。
 「お知り合いでっか?」
 案内人が、あからさまに眉間に皺を寄せた私と変わらず微笑を浮かべる薬売りを見比べながら言う。
 そして、ヤツは言った。

 「私の部屋は、

 彼女と、同室で。」

 取りあえず、即座に戸を閉めて拒絶した私を誰が責められるだろうか。


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 「で、結局こうなるのね。」

 「最終的に、了承したのは、さん…………ですよ。」

 仕方がないだろう。私にだって生活がある。金は必要なんだから。


 戸を閉めたあと、その場で動きが止まっていた私は自分の行動の速さに驚いていた。
自覚することもなく、薬売りの言葉を認識、理解する前に行動していた。なんだ、反射的にだ。
賞賛に値するだろう。
 その私にヤツは囁いた。


 『原料を、補充させて、くれません、かね。』

 本業が薬売りのヤツには調合に必要な物がいるわけで。私はそれらを売りわたっているわけで。
こうして私はヤツとの同室を了承せざるを得なかった。

 しかし、あれは半ば脅迫に近いのではないか。

 「で?何が必要なの?」

 「ああ、そう、でしたね。」

 ヤツに背を向け、仕事道具を広げる。迂闊だったのかもしれない。普段から気配を消すようなヤツに
背を向けるなど。

 「!?……仕事が出来ない。」
 両腕を伸ばし、違う方向にある壜を掴んでいたせいかヤツの両腕はいとも容易く私を雁字搦めにした。
耳元にヤツの息を感じる。いつもと違う香の匂い。これは、女郎屋独特の香ともう一つ別の匂い。
これは、羊水?
 匂いの正体に至るまで、薬売りは動かない。どうにか作業をしようとしていた両腕を下ろす。

 「何?何か、あったわけ?妙な香が纏わり付いているけれど。」
“香”と言ったところでヤツが僅かに身動きしたのが伝わってきた。

 「昨夜、斬ったモノノ怪。」
 薬売りがモノノ怪を斬っている事もどこかで聞いていた。それには条件が必要らしいが。
 「いつの世も、人の欲ほど、恐ろしい、ものは、ない。」
 低く、鼓膜を震わせるような音色が囁かれる。
 指先から肩にかけて、走っていく悪寒に似た感覚。私には、コイツの声のほうが恐ろしい。それに、
 「おや、寒い、ですか。さん。」
 「お前が人の欲如きで“恐ろしい”などと思うわけないね。」


 「これは、心外。それでは、まるで、」




 一際、口元を歪めたのが気配で感じ取られた。絡みつかれた動きもしなかったヤツの腕、手が私の顎にかかる。
 私の意思に反してヤツのほうを向かされる。耳元に息がかかるほど近かった距離に、今度はヤツの顔。
頭の頭巾も取られており長い髪が自然に任せるままになっていた。

  「俺が、ナニモノも、恐れぬよう、ではないか。。」
 俺、と呼称が変わるのは一種の合図。
 薬売りの眼に宿るのは情欲。私は、拒む事もできるが、今まで拒んだ事はなかった。
顎にかけられた手が胸元の袷に移動する。視線を、仕事道具の方へ向ける。
 真っ白な粉が入った壜が目に入る。

 あれは、確か。
 「あの、」

 「うん?」
 耳元を這わせていた口で、おそらく態とであろう、声を鼓膜に向けて発する。
 「あの、白い粉。」

 「ああ。」
 中身が分かったのか、薬売りは妖艶に笑む。
 「含んで、みるか?」




  「いらないわ。」
  

 「そう、か。残念。」

 夜が更けるにはまだ早く、狂態に興じる者が二人。

その白い粉は、とある動物の灰。混ぜて使うのが通常で、麻酔薬にも鎮痛剤にもなる、ただ、
そのまま口に含めば、


 それは麻薬のような快楽をもたらす、媚薬となる。


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