タイトル『紫煙をくゆらす』

最近、男に振られた。

最近、振られても泣くことはなかった。

最近、煙草が増えた。

最近

最近、

この男によく会う。



「なんだ、また吸っているのか。」
ロイ・マスタング。地位は大佐。国家錬金術師、”焔の錬金術師“。
東方司令部の屋上で吸っているとよく来る。
私は、喫煙者だが今は休憩中。休憩中以外に吸うことはない。

だから、私が吸うことを知っているのは、勤務中も銜え煙草をしているハボック少尉と
不本意ながらもこの男のみ。

「マスタング大佐。また、サボっておられるのですか。」
煙を吐きつつ、確認をする。疑問ではなく、確認。
そして、休憩中とはいえ、上官の前で喫煙しているわけにもいかず。
「…執務室までご一緒いたします。」


そうして、私の喫煙時間は短くなる。
「いつも言っていることだが、気にせず吸いたまえ。准尉。」

「では、私の喫煙中にここには来ないでください。」

執務室への道すがら、周りが笑っているのがわかる。
もう、最近はいつもいつも、いつもいつも、こうして日に1度はこういうことになっているので周りも微笑ましく見ている。

「大佐。お早いお帰りですね。」
棘のある、抑揚を欠いた言い方に相手が相当怒っているのがわかる。
「中尉。いやー、息抜きだよ。」
それにも慣れたもので、大佐は普通に応えている。

どうして、この若さでこんなのが、大佐なのかしらねえ。

准尉。いつも、ご苦労様。休憩に戻っていいわよ?」

いつも……この人にこう言われるほど私はこの男を連れてきているのか。

「いえ、もう時間も終わりですから。それでは失礼します。」

そうして、勤務場所である資料室にもどる。私は最近、資料の管理をしている。

煙草、吸いたいなあ。吸っている時はそれのもたらす酩酊感に酔い、その後はまるでコーヒーを飲んだ後のような
味に満たされる。煙草はいい。何かの思考力を鈍らせてくれる。
余計なことを深くまで考えなくてもよい。
何を?

わかっている。
これは、逃避だ。考えたくないだけ。
思い返すと、押しつぶされる。黒いものに。おしては返す波のような不安。
いつもそうだ。恋人のいるときの安心感が、恋人のいない空虚感を苛む。

もう、どうしようもないのに。

ここが、資料室で良かった。誰もいない。
蹲っても、たとえ泣いていても、誰にも気づかれずにすむ。
そして、煙草をすっていても。

今日、私は勤務中には吸わないということを、やめる。だって、ここには誰もいない。
ただでさえ、最近は邪魔が入って十分に吸えていないのだから。


毒素が私の中に回っているのがわかる。目を閉じ、その感じに身を任す。
煙草を吸うときに口元のフィルターに親指を添えるのが癖。だから、私の親指には煙草の匂いがより一層、染み付いている気がする。

「勤務中に吸うとは、珍しいな。」
驚いた。屋上以外で会うことなんて、滅多に無いから。
でも、今日だけは、今回だけは、
この人の前でも吸うことは止めない。やめたらきっと。

「また、サボりですか。」
「いや。君に会いに来たのだよ。准尉。」

女慣れしている。あー、こうやって女の人をいつも口説いているのね。
そうして、一口吸う。
「口さびしいから、吸っているのかね?」
そう言いながら、この男は私の煙草を取り上げて、自らのそれに含む。
その、一連の動作に見惚れている自分に気づく。何をやっていていも、似合う男。
否、自分がどうすれば良く見えるかが分かっている男。
「それとも、別れた男のことを考えたくないからかね。」

顔が引きつっているのがわかる。私が誰かと付き合っていたことも、別れたことも。

「もっと、周りに気を配るべきだな。」
煙草をもって近づく。その目つきは、人を射抜く。いつものふざけている様子も無く。気圧されるのがわかる。
知らず知らず、後ずさる。壁に、突き当たる。

「虚勢を張っている君も良い。その強がりがなくなった君も見たいものだ。」
怖い。
そう、思った。
この男が怖い。隠していたものが、曝される、暴かれる。自分でも見たくないもの。

男は口に煙を吸い込む。
そして、その含んだままのソレをそのまま私に近づけてくる。

「…んっ。」

そうして、口中の煙を私の中に移してくる。
抵抗しようと、手を肩に当てる。その力も簡単に抑え込まれて手首を壁に押し付けられる。

「…泣きたまえ。…泣き叫ぶがいい。そうして、強がっているのなら、無理やりにでも泣かせる。」


「俺は男なんでね。普段、冷静な君が泣き叫ぶ様をみるのもまた良い。
          
            否、見せてくれ。」

何を言っているのだろう、この人は。

泣く。声を上げて?

泣き叫ぶ?








気づけば、頬を伝う涙。
意識せずに涙を流すことなんて初めてだ。

「急に別れる、なんて。
 何も言えなかった。だって、去っていくものを追いかけるなんて。そんな、馬鹿らしいこと。できない、…できなかった。

 でも、もし、そうしていたら何かが変わったの?」


滔々と、しゃべる。この答えなんて要らない。
ただ、溜まっていたものだけを吐き出す。

思えばこの状況も周りから見ておかしいはずなのに。

傍目にみれば、襲われかけている女、襲っている男。
女は泣いている。


「ならば、見つけたまえ。今度は、追いかける価値のある男を。」


あまりに優しい声音。ふと、男の顔をみる。

優しい声音とは別の、少し憂いを帯びた表情。

抑えられていた手首が、離される。そうして去っていく間際に、男は私の頭に手を軽く乗せて資料室から出て行った。
その後姿に、私の中の去っていった男が重なった。
唯一、違うことは、
あの男にはなかったものが、この男にはある。



すがりつきたくなる、その後姿。



とにかく、明日もあさっても、時がとまることはない。
それならば、精一杯、歩いていきますか。

時には立ち止まってもいい。

時には、煙草休憩をしてもいい。

少しずつでも、前進するために。

とりあえず、変わらないことは、


東方司令部屋上での、喫煙ととある上司の執務室連行。



Fin


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